2013年7月28日日曜日

国家とインターネット (講談社選書メチエ) 和田 伸一郎 (著)

・久々のハズレ。タイトルにかなり期待させられたのだが、とても「権力、メディア、人間の関係を根底から考察」した内容を把握できなかったし、「IT化社会における政治哲学の可能性を切り開」いた本とは思えなかった。自分の読解力の及ばぬところか。

・これで選書?新書レベルにも達してないのではないかというのが正直なところだが。参考資料からのたくさんの抜き書きと、それに関連した、裏付けの少ない個人的見解が少し。学生のレポートクラスではないかと思った。

・一番ひどいと思った例。中近東について、難民が大量発生し、カダフィのような独裁政権が生じている例を挙げて、「地域の国家機能の弱さ、また、国境の人工性の虚構性、移動することの一般性から(土地や国家への)帰属性が薄い(P158)」と結論し、だから、SMSが、中近東において人々を動かす力を発揮しやすいとしている辺り、著者は本当に学者なのだろうかと思ってしまった。それで「以上、中東地域の土地の内的事情を見てきた」との総括とは恐れ入ります。

2013年7月15日月曜日

記憶をコントロールする――分子脳科学の挑戦 (岩波科学ライブラリー) 井ノ口 馨 (著)

・記憶には短期用と長期用(2年辺りが境目)があり、バッファとして短期用が海馬に、それが大脳皮質にあるストレージに移されて長期用になる、というのが基本構造らしい。ただし、小さい頃に大脳皮質に問題がある人の場合、脳の他の部分をその用途に使う例があるらしく、脳の不可思議な柔軟さはすごい。また、海馬の中にも短期用記憶と長期用記憶の領域分けがあるらしい。

・これら「記憶」というのはニューロンとシナプスの複雑なマトリクスコードによって構成されているわけだが、このマトリクスコードを削除することによって記憶が消滅し、このコードを脳に埋め込んだ光ファイバーを使うことで再現することによって記憶が再生されるというところまで、マウスによる実験で可能になっている。ちょっと怖い想像をすれば、ゲノム解析プロジェクトの次は、このマトリクスコードの文法(?)解析プロジェクトかも知れない。

・また、記憶を思い出している時に、その記憶の再固定化が行われており、この時にはPRPというタンパク質によって記憶の増強が行われるらしいのだが、この時に操作を行うことにより、思い出している=再生されている記憶の上書きも可能らしい(もちろんマウスで)。これはトラウマの治療にも有効たり得るのではないかと期待されているらしいが、SFだと、これにより記憶を改変された兵士なんかが出てくるのではないかと考えてしまう。なお、これは、上で述べた「海馬での短期・長期」記憶の場合。ということは、SF等で記憶を改ざんされたキャラクターが、ちょっとしたきっかけで遠い昔の記憶を呼び覚まし...というのは、海馬ではなく大脳皮質側の記憶ということなんだな。そして、そこから連想的に次々と、というのも、本書を読む限りではあり得る話に思えてくる。視点を変えれば怖い話だが。

・なお、記憶力を高めるには「DHA、EPAの摂取」、「運動」、「豊富環境」。豊富環境というのは知的好奇心が豊富に刺激される環境で、これは自分の心構えなんかにも左右されそう。以前読んだ本で時間的制約をあえて自らに課してタスクを実行するというのがあったが、この知見にもとづくものだったのか。記憶は短期と長期があるわけだが、これら3つには、短期から長期への移し替えを活発化させる役割がある。短期用バッファである海馬はなるべく空けておいた方がいいというのはコンピューターと似ているわけだ。

2013年7月9日火曜日

ウルトラマンが泣いている――円谷プロの失敗 (講談社現代新書) 円谷 英明 (著)

・円谷プロと言っても「しょせん下請けの中小企業(P94)」。そこを直系の後継者達が勘違いした辺りから凋落のモメントが動き出していたのかも知れない。本書では円谷プロの現状に至るまでの軌跡が著されているが、どこまで公正かと言えば疑わしさは残る。結局、同族の身内批判の域を出ていない可能性は大いにある。

・仮面ライダーやガンダムがいまだに変化しながら継続しているのに対してウルトラマンの現状が目を覆わんばかりの惨状であるのはなぜなのか。そのことに対する直接の答えは本書では触れられていないが、考察するための材料は提供されている。自分としては、仮面ライダーは石ノ森章太郎から、ガンダムは富野由悠季から生まれたのに対して、ウルトラマンは必ずしも円谷英二から生まれたわけではないという点にその辺りの鍵があるのではないかと思っていたのだが、どうやらそれだけではないということが本書を読むと見えてくる。

・個人的には、地球の防衛というウルトラマンの基本パラダイムこそが殻であり、それを打ち破ることが新たな世界を創り出すことになるのではないかと考えていたが、どうやら殻は、円谷プロ自体だったのかも知れない。買収されてしまい、円谷一族が放逐された今こそ、実は新たなウルトラマン誕生への胎動が始まる時なのかも知れない(「ウルトラマン列伝」を見ている限り、とてもそうは思えないが)。

・かつて、ウルトラマンのCGパートを製作している会社の社長と話をする機会があった。その時に「今の円谷プロでも、あなたほどウルトラマンについて熱く(暑く?)語れる人はいないですよ」と言われた。その時はお世辞だと思ったが、あながちそうではなかったのかも知れない。自分並みに語れるファンなど全国にいくらでもいるが、円谷プロと仕事をしていた彼の目からすれば、そう言いたくなるほどの状況だったのだろう。

・円谷一族自身の手で凋落してしまった経緯を知り、それでも、最後に語られる著者の現状を読むと、若干ながらも寂寞の念を禁じ得ないのは、やはり「円谷」という名に感じるところがあるからなのだろうか。そして、読み終わった後だと、本書のタイトルは本当に胸に迫ってきて、泣けてくる。

・ちなみに1966年の今日(7/10)、ウルトラマンの放送が始まった。

 

2013年7月2日火曜日

アテネ書房、閉店

 札幌駅前通りのアテネ書房。最初の勤務先が入っていたビルの1階。その頃はよく通っていたが、今日(6/30)で閉店。残念。

アテネ書房閉店のお知らせ

 仰々しく飾り立てることもなく、簡素な閉店のお知らせの貼紙が入り口に張ってあるだけ。

 店内も特に混んでいるということはなく、いつも通りガラガラだった。だが、奥の一角には岩波文庫と岩波新書が全て¥100というコーナーが!これを前面に出さない辺りがアテネらしいと言えばアテネらしい。16冊、買いました。

 2010年のSwing Jornalの最終号を買ったのもここだった。伊東計劃の「虐殺器官」を買ったのもここだったので、目についた「屍者の帝国」も購入した。

 さようなら、アテネ書房。

最終日のアテネ書房

2013年7月1日月曜日

非社交的社交性 大人になるということ (講談社現代新書) 中島 義道 (著)

 前半は「何だ、この屁理屈親父?」という印象で、自分の世間への視線を、自分の経歴に即して偏屈に赤裸々に、そこそこ愉しく語っている。笑いの取り方にかすかに内田樹的な匂いもするが、ちょっとあざとさも見え隠れしている印象。

 後半は、屁理屈(哲学?)をこねてる本人が主宰している塾の生徒達の抱腹絶倒なトンデモエピソード集。これはもう、笑いながら読んでいい、しかも大笑いしながら。著者自身が塾生達の奇行を「ええい、バカの標本め!」とツッコムのがまた面白い。オーケンのエッセイにも出没する電波な人々のエピソードにも通じるものがあり、そういったエピソードの数々は滑稽だったり、実はちょっと怖かったり。

 哲学者である著者が、そんな「生きにくさ」を抱えてる塾生達に注ぐ眼差しは、しかし意外と優しかったりする。それは、著者が、辛くて放り出してしまいたい「問い」を抱え続けて、生きにくい人生を歩んでいる人達にこそ共感しているからだし、また、そんな抱え続ける姿勢こそが哲学だと考えているから。だから、大いに笑い飛ばしながら読んでると、そんな言動の中に、かつての、もしかしたら現在の自分と重なる部分を見つけてドキリとさせられたりもする。