2014年5月18日日曜日

転換期の日本へ―「パックス・アメリカーナ」か「パックス・アジア」か (NHK出版新書 423) ジョン・W・ダワー (著), ガバン・マコーマック (著)

 尖閣の問題については、某元都知事の言動には眉をひそめるが、自分たち日本に落ち度はなく、経済成長で調子にのった中国がイチャモンをつけてきていると思ってた。従軍慰安婦問題については、戦後、日本がずっと援助などの形で埋め合わせをしてきたのに、それには触れずに、一方的な被害者としてのシュプレヒコールだけをヒステリックに世界中に喧伝している、そう苦々しく思っていた。しかし、本書を読んで、自分にも日本のフィルターがかかっているのだと認識させられた。世界が見ている視座とは隔たりがあるのかも知れないということに気づいただけでも、本書を読んだ価値があったと思う。

 北朝鮮についても、その独裁体制や周辺諸国に対する恫喝的外交は容認できるものではないが、彼らが現在のような被害妄想がかった思考を持つに至ったのは、朝鮮戦争において、国連軍の旗を掲げたアメリカ軍に、太平洋戦争の時に日本に投下した以上の爆弾で徹底的にやられたことに起因する。また、今の曖昧な境界については、サンフランシスコ講和において、中国や韓国を除いた戦勝国と日本との間で締結されたもので、そこでは尖閣や竹島の領有権について「注意深く」曖昧なままに設定されており、火種を残すことによってアジアの連携に楔を打ち込んでおきたいアメリカの陰謀的な意図があったと、著者達は豊富な資料を根拠に主張している。

 沖縄についての記述でも蒙を啓かれた。戦中は言うに及ばず、戦後でもどれだけ日本政府に不当な負担を強要されてきたか。そこで蓄積している思いがあり、それが一触即発に近い形にまで膨れ上がっていると、佐藤優さんの文章で読んではいたけど、正直に言うと、危機感をあおるために誇張が入っていると感じていた。しかし、本書を読むと、それが決して誇張などではないことが分かってくる。

 本書のトータルな印象としては、敗戦国日本がアメリカから押し付けられた状況の不条理さに対して理解を示しながらも、行き過ぎた忖度というか従属根性については厳しく指摘し、また、アメリカに対する卑屈な姿勢に対してアジア諸国に対する上から目線な態度も意味不明だし、沖縄に対する扱いもおかしいでしょ、というスタンス。総じてリベラルであり、中立的でバランスよいと感じた。日本における愛国がアメリカへの従属が倒錯している(P249)とのご指摘はごもっとも、と感じた。

 その場をやり過ごすだけだったり、ごまかすためのダブルスタンダードは、いずれ破綻する。だからこそ、敗戦について、ちゃんした総括を日本人である我々自身が行わねばならなかった。それを、ジャイアンなアメリカが「許してやれよー、何だよ、俺が許すって言ってるのに文句あんのかよー」と周りに言ってくれたため、その背後で舌を出すような精神的態度を選んでしまったのが、この国の戦後なのだろうか。これはなかなかに個人にとっても国家、民族にとっても重大なテーゼなのかも知れない。

【目次】
第1章 サンフランシスコ体制-その過去、現在、未来
1.サンフランシスコ体制の歪な起源
2.問題を孕む八つの遺産
  沖縄と「二つの日本」
  未解決の領土問題
  米軍基地
  再軍備
  「歴史問題」
  「核の傘」
  中国の日本の脱亜
  「従属的独立」
3.現在の不確実性
4.恐怖と希望

第2章 属国-問題は「辺境」にあり
1.サンフランシスコ体制が生んだ「根本的問題」
2.沖縄-ないがしろにされつづける民意
3.馬毛島-秘密裏に進む軍事基地計画
4.八重山諸島、与那国島-四つの難題
5.尖閣(釣魚)諸島問題-五つの論争点
6.辺境の島々と北朝鮮-「正常化」交渉の挫折と核実験
7.「辺境」は「中心」へ

第3章 対談 東アジアの現在を歴史から考える
1.属国の代償
2.歴史問題論争-戦争の記憶と忘却
3.朝鮮半島問題-核と拉致をめぐって
4.改憲-揺らぐ反軍国主義の理想
5.領土紛争と東アジアのナショナリズム
6.台頭する中国のゆくえ
7.「パックス・アメリカーナ」か「パックス・アジア」か

ジビエを食べれば「害獣」は減るのか―野生動物問題を解くヒント 和田 一雄 (著)

・素人が雑感をエッセイ的に綴ったという印象(ここで言う「素人」とは文筆家として、という意味)。編集者がきちんとした仕事をしていないらしく、日本語のクオリティと構成のクオリティ両方が低い。タイトルにも偽りアリで、結局、「ジビエを食べれば害獣は減るのか」それとも減らないのか分からないし、そのテーマに対するまとまった言及は「あとがき」部でのみというお粗末さ。これ、2,400円も出して買うのは身内、関係者だけだろうな。あと、図書館と。

・とは言え、北海道のシカ問題の経緯や、自分の職場でも最近関係しつつあるアザラシ問題についての概要を把握できるのはよい。やっぱりシカの数を減らすにはオオカミ復活ですかね。「いたものを復活させる」から生態系的に問題はないという主張には賛同できる。しかし、かつて日本にオオカミがいた時、ヒトが襲われたことはないので大丈夫と言ってるが、本当?

【目次】
1部 陸の獣たち
 どうやって野生動物の被害を防ぐか
 ニホンザルの生態と保全
 憧れのユーラシアへ

2部 海の獣たち-鰭脚類の生活と保全
 オットセイの回遊調査
 漁業被害とは何だろう-ゼニガタアザラシから考える
 繁殖場のオットセイ
 トドの生活

2014年5月5日月曜日

崖っぷちからのはがき キャリー フィッシャー (著), 小沢 瑞穂 (翻訳)

 5月4日はSTAR WARSの日らしい。STAR WARSの決まり文句で「May the force be with you」というのがあるが、これを「May, the 4th be with you」とかけたわけだ。

 それにちなんでというわけでもないけど、レイア姫を演じたキャリー・フィッシャーの自伝的小説を読んだ。彼女は重度のドラッグ依存症で苦しんだらしいのだが、本書は更生施設での生活から始まり、更生するまでの生活について、トホホ感の漂う日々の会話やらちょっとした葛藤やらについて、力むことなく、しかもドラマチックに演出することもなく描いたもの。ハリウッドセレブのゴシップ的な内容も含んでるが、知らない人ばかり。本書では踏み込んだ描写がされているわけではないが、麻薬の幻惑感という点でP.K.ディックを思い出した。ちなみに、今では随分と絶版になってるんだな...。また、治療施設における依存症の人々の描写という点では吾妻ひでおの「失踪日記」に通じるブラックユーモアも。

 キャリー・フィッシャーって、日本だと杉田かおる辺りが似たような立ち位置になるんだろうか。STAR WARS関連のエピソードや人物は一切出てこない。この辺りは彼女なりの配慮なのか、実際に交流がなかったのか。ちなみに彼女が意外な役どころで出演していた「FAN BOYS」でのキャリー・フィッシャーはとてもステキだった。

 妙なプレミア感があるのか、amazonでの中古価格が高いけど、札幌市民なら市の図書館にあります。

2014年5月3日土曜日

プーチンの思考―「強いロシア」への選択 佐藤 親賢 (著)

 3月と4月は猛烈に忙しくて、全然本を読めなかった。このままだと今年の目標200冊は厳しいカモ…。

 プーチンについて、バランスよく解説している本を探していた。北野本(プーチン 最後の聖戦)も面白かったけど、意図的というか作者の芸風なのか、あまりにも文章表現がくだけたものである上に、若干のバイアスを感じるので、岩波の本ならそんなに強烈な偏りはないだろうと思ったのが本書購入の動機。 ・ソ連崩壊後、市場経済への移行を余儀なくされた状況下で、没落のモメントが強かったロシアを立て直したのは間違いなくプーチンの功績。その過程では強権的な言論抑圧を行い、元KGBという出自もあって冷酷なイメージが強いプーチンだが、単なる権力志向の強い独裁者ということではないようだ。古き良きソ連を懐かしむ保守派への目配せを忘れず、それどころか、そこに自分の立脚点を置いて大事にしながら、改革の必要性も理解して、バランスを取りながら舵取りをしてきた、というのが著者の視点。地方の行政官だった時からクレムリンに呼ばれ、傀儡の依代としてエリツィンから禅譲を受けたが、それからはバックにいた連中を上手に処理し、経済界も強攻策を用いて制御下に置いたという辺りの経緯については北野本とも共通しているので、実際そうだったということなのだろう。

 かつてに比べると支持率も下がり、皮肉にもプーチンの政策によって拡大した中間層の支持が、よりリベラルな方向に向きつつあるらしい。そうだとしたら、国のリーダーとは何と孤独なものなのだろう。もちろん、周辺には真の理解者、協力者もいるだろうが、自分がそのために尽くしている対象からそっぽを向かれるのは切ないことだろう。もちろん、国民とはそういうものだということも分かった上で務めているのだろうし、そういう人にとって国家と国民は必ずしも同義ではないのだろうが。

 佐藤優さんは、地政学的な理由からも日ロの親交を深めるのは今が好機ということを主張しているようだが、北大スラ研の木村汎先生なんかは、プーチン政権はたそがれ時で、これから凋落だからあまり交渉を進めない方がいいなんて文章を昨年(2013年)の6月に出している。今ではもう記事が読めなくなってるので、個人的スクラップブックのリンクを掲載しておく

 独裁と民主主義ということでは「銀河英雄伝説」を避けて通ることはできないわけで(笑)、作者の田中芳樹さんもプーチンには注目しているらしいのだが、これも記事が読めなくなってるので、スクラップブックのリンクをどうぞ