2015年12月23日水曜日

「宇宙戦艦ヤマト」をつくった男 西崎義展の狂気 牧村 康正 (著), 山田 哲久 (著)

 一気に読んだ。宇宙戦艦ヤマトが好きだった人には面白く読めるはずだけど、作品理解が深まるような内容ではありません。
 TV版が発進したのはどのような経緯と情熱があったのか。その情熱を発信した西崎義展とはどのような人物だったか。俗物性を隠しもせず、愛人を何人も囲い、あまつさえ、同じマンションに住まわせるなどの奇行に事欠かない山師。そんな西崎氏の言動や詐欺まがいのエピソードの数々、そして事態の突破力や魅力。そんな舞台裏の情景が関係者の証言に基づいて組み立てられている。松本零士氏との原作者裁判の裏側事情もあるし、収監後の「復活編」完成までの道のりも面白い。また、その最期はヨットからの転落事故と当時は報道されており、間違ってはいないのだけれど、本書ではかなり詳細に、その時の様子が再現されている。やっぱり、宇宙戦艦に燃えた人は、西崎氏の最期の様子まで読み遂げてほしいと思う。

 西崎義展という人は本物のプロデューサーでありクリエイターだった。ジョブズに通じるものも感じる。ガンダムの富野監督が西崎のことを「敵」と呼び、ロマンと熱情だけであそこまでヒットした作品に負けるわけにはいかないという心情を持っていたというのが印象深い。
 70年代のヤマト、80年代のガンダム、90年台のエヴァ。最初に切り拓いた西崎氏が一番すごかったとは言わないが、最初の壁を突破するには並大抵の人間では務まらなかったのだろう。

 凋落していったウルトラマン陣営(エックスでちょっと持ち直したかなという印象だけど)、うまいこと軌道に乗せた仮面ライダー陣営。前者は円谷プロの初期メンバーという、チームによって生み出されたのに対して後者は石ノ森章太郎という個人によって生み出された。ヤマトは西崎義展という個人によって生み出されたが、あまりにも西崎氏個人に属し過ぎたため、本人の退場と共に没落していくのだろうか。出渕裕によるリメイクであるヤマト2199は出色の出来だったが、継続性や今後の発展性という点ではちょっとなあ...(STAR TREKのように歴史改変のリブートという線も採れなくはないだろうけど、それよりは深掘りの方がありそう)。

世界はこのままイスラーム化するのか (幻冬舎新書) 島田 裕巳 (著), 中田 考 (著)

 池上彰や佐藤優をはじめとして、イスラームの基礎知識を教えてくれる本は色々出ているが、本書が出色なのは、現役バリバリのイスラーム信者である中田考が語っているという点。ムハンマドへのジブリールからの啓示の話やその後の発展の歴史、シーア派とスンナ派の源流だとかカリフ制など、イスラーム教の基本ポイントはおさえつつ、信者の視点からのコメントが加わってくるのが、他の本にはない立体感を醸し出している。
 ロレッタ・ナポリオーニの「イスラム国 テロリストが国家をつくる時」を読むと、ISの戦略や金融政策に慄然とするが、本書と併せて読むことで、その実態像がくっきりしてくる。

2015年11月28日土曜日

本をサクサク読む技術 - 長編小説から翻訳モノまで (中公新書ラクレ) 齋藤 孝 (著)

 20分程度で流し読み完了。知っている分野だと読書スピードが上がるというのはこのことか。相変わらずの読みやすさ。平易な語り口に、ところどころに太字での強調というのも読みやすさの一助。

 内容としては正統派で、変化球がちょくちょく混ぜ込んである。速読法ではなくて、読書についての心構え。「本を読む本」や花村本、佐藤優本、あるいは「多読術」で語られていることに通じるものも散見される。ところどころ、具体的な書名を挙げて、読書案内している箇所もある。「理系の思考法を身につけるためにデカルトの方法序説を2〜3ヶ月は持ち歩いて馴染めば、理系本がサクサク読めるようになる」などというのも面白い。

 なお、本書は中公新書ラクレということもあり、読書への入り口案内という位置づけの本であり、本を贅沢に、美味しいところだけしゃぶしゃぶと食べかじればいいよ、というのが基本スタンスなので、さらにツッコンだ読書法ということになると、先に挙げた本に進んでいくのがよいと思う。

地方創生の正体: なぜ地域政策は失敗するのか (ちくま新書) 山下 祐介 (著), 金井 利之 (著)

 山下氏の前著、「地方消滅の罠」は増田レポートをターゲットに、批判と言うより批難しつつも、安倍政権は評価するという内容で、全体的な印象は芳しくなかった。市立大のお師匠さまに言わせると、ベストセラーの寄生虫的な本で、著者本人に学会で会った時に具体的な数値の根拠を尋ね、それについての問題点について話をしてみたら口ごもって、明確な答えは聞けなかったとのこと。

 そんな著者が、このタイトルで出してきたので、またかという感じで目を通してみたら、意外と面白く読み進めた。対談者の金井氏によるところが大きいのかどうかは分からないが、現在、政府が推進している「地方創生」の魂胆を性悪説に立って批判的に捉えつつ、そのような力学が国と自治体によって構造化してしまっていることについて言及しているのが面白い。金井氏が一種マキャベリズム的な護憲の発想で政府や自治体を性悪説で捉えているのに対して、山下氏が現場のスタッフに同情的であるというのも面白かった。

 とは言え、この面白さは、ちょっとインテリなオッサンが居酒屋で談義しているレベルを出ていない。

 「(金井)従属を甘受して直視できる覚悟は「敗戦」を「終戦」と呼びかえるこの国の人々にはありません(P157)」

 「(金井)国とは権力を行使したい人間の集まり(P183)」

 「(金井)誰も主体的には意思決定していないわけです。これは丸山眞男が言う無責任体制です。(略)(その)体制自体が一つの統治構造です(P213)」

 「(金井)地獄への道は善意で敷き詰められている(P236)」

 などなど。面白そうではあるでしょ?こういう話を居酒屋談義ということで面白く聞いている分にはよいが、それ以上のものではないというのが読後感。

2015年11月8日日曜日

ナリワイをつくる:人生を盗まれない働き方 伊藤 洋志 (著)

 「ナリワイ」とは、少額の仕事を複数本こなすという考えで、自分の生活と一体化させることを前提として話が組み立てられている。これは、フリーランスとは違う、非バトルタイプ向けのポジショニングを保つために必要な条件だったりする(バトルタイプは次々とライバルとの競争に競り勝って仕事をゲットするというイメージ)。
 自分が生活の中で生じる不便や矛盾。その解決を仕事にしていますのがナリワイで、それは自分の生活に密着しているが故に、まずは自分自身にメリットがあり、同じことを感じている人の間で商売や連携が成り立つ。

 「要は『なんでもいいから自分でサービスを考えて誰かに提供すること』を試行錯誤すればい」(P145)

 最近、続けて読んでいるこの分野の本では、論旨がかなり重複している(amazonの「関連本」によって誘導されているのかも知れないけど)。ザックリとまとめると

時代が変わる / 組織に寄りかかった従来の労働は大きく変動する / 資本主義のパラダイムの見直し

 → おカネ至上主義からのシフト
 → 専門性を持った仲間同士のゆるやかなネットワークによるタスクフォース的な業務フロー

 という感じか。これは、「フリーエージェント社会の到来(←自分にはイマイチ)」だったり「ワーク・シフト(←なかなかいいけどキビシ〜!)」でも共通していた。本書は、それを日本の風土に合わせてアレンジしたのか、それとも非同期で内発的に出てきたのか。まぁ、「これまで通りの働き方で問題ないよ、いけるよ」という本を出しても説得力がないし、売れないので、ある意味、こんな本が目立ってくるのは必然なのかも知れない。

 適当にななめ読みしてつまみ食いという感じで読み始めたが、結構、引きこまれた。

 

2015年11月1日日曜日

地方消滅 創生戦略篇 (中公新書) 増田 寛也, 冨山 和彦

 著者の一人である増田氏による前著「地方消滅」が総論的なものであったのに対して、本書はかなり具体的に踏み込んだものになっている。

 本書は知事経験者である増田氏と、東北で経営者として活躍している(らしい)冨山氏との対談形式になっている。このためか、地方自治における実例や弊害についての言及が具体的で分かりやすい。例えば「必要なのは共働きで500万稼げる仕事(冨山 P37)」や、「首長が変わると議会がガラリと変わる(増田 P89)」などという発言はかなり具体的。また、悪しき平等主義のため、余裕があると「選択と集中」を実行することができない、というのもリアルなご意見。「北海道の農業は(略)可能性が開けている(増田 P49)」というのは道民としては嬉しい発言だが、あくまでも「可能性」だからね。

 中でも、例えばコンパクトシティという考え方について、日本では移住を強制できるわけではないとし、そのような強制移住ではなく、高度経済成長時代に拡散し過ぎた人口分布を適正値に戻すことによって、人口減少を前提として組み込んだ自治体の在り方を住民と共に作り上げていくというのは大事な提言であり、今後の日本の行く末をわがこととして考える時に、かなりの説得力を持つと感じた。ちなみに、コンパクトシティ政策が進んだ場合、近年顕在化している野生動物の侵食は拡大すると考えるべきだろう。

 自分にとって最も印象深かったのは増田氏の次の発言。「地方創生の戦略を考える上で、私が一番増やしたいと思っているのは、地域の大学が核になって、地域が本当に求めているニーズを汲み取り、解決する仕組みをつくることですね。(P156)」ただ、これを可能にしようと思ったら今の文科省の制御は変えていかないと実現は困難。

 実はこの本については、最近、大変お活躍(誤植じゃないよ)の増田氏が、対談形式という執筆の労を取らなくてよい形式で好きなことを放談してるんだろうということで軽視してたのだけど、対談ゆえに読みやすく、それでいて随所に二人の知見がキラリと輝いているといった印象で、自分としては読む甲斐のあった本でした。

2015年10月28日水曜日

地方創生ビジネスの教科書 増田 寛也 (著)

 日本の自治体における活性化の事例を、解説を交えながら紹介するという形式。各事例毎に、お上手にまとめた見開き2ページのチャート図が付いている。N総研に作らせたのか?(笑)

 興味深かったのが第6章の和歌山県北山村と第8章のニセコの事例。
 和歌山県北山村では、ブレイクスルーが役場内にいたITに詳しい職員の作ったホームページから始まったという。やはり、いくら民間にお金を流すためと言っても、何でも業務委託で外部に任せるより、内部で手を動かせるエンジニアがいた方がよいと思った。
 ニセコ町では、町が「まちづくり町民講座」を実施した。これによって町民の当事者意識が上がり、ニセコとしてのまちづくり条例の制定につながったという。ちなみにニセコ町は観光協会を株式会社化したという点でも有名。

 「地方でこそITを活用する余地が大きい」というのはお説ごもっとも。しかも、特に北海道の中小自治体にとっては有益でしょう。

 ただ、地方創生ビジネスの興し方や進め方についての理論的な解説がなかったのが期待外れだった。帯では「極意を公開」なんて著者のにこやかなご近影と共に掲げてるのだから。もっと自身の知見などを開陳して益田節を出しててもよかったのではないかというのがマイナスポイント。あんまり執筆に時間かけてねーなと感じてよく見てみると「監修・解説」となってました(笑)。なお、同じ著者による中公文庫の「地方消滅 創生戦略篇」は、この辺りについてもう少し詳しく語られていて参考になる。

2015年10月18日日曜日

チョムスキーが語る戦争のからくり: ヒロシマからドローン兵器の時代まで ノーム チョムスキー (著), アンドレ ヴルチェク (著), 本橋 哲也 (翻訳)

・今年の1月に元駐シリア日本大使による「報道されない中東の真実」を読んだ時、メディアの報道偏向が仕組まれているのを垣間見たような気がしてちょっと怖かったのだけど、この本で語られている内容はもっと怖かった。我々、西側陣営の人間は偏向したプロパガンダに慣らされており、その手法は大変洗練されたものになっている。一方、西側に所属しない陣営(ソ連、中国やイスラムやキューバ、ベネズエラなど)では複数のプロパガンダが共存している。しかし、そんなことすら我々は知らない。

「(ヴルチェク)自由でオープンで民主的であると自称する西側諸国は、かつてのソヴィエト連邦や現在の中国で作られるプロパガンダにアクセスもできなければ、それに影響されることもなかった。プロパガンダだけではなくて、ほとんどの西ヨーロッパやアメリカ合衆国の市民はソヴィエトや中国の人たちの世界観からの影響を受けていない。ほとんど何も知らないから彼らの世界観は一極的です。(略)一方、旧ソ連や中国の人は、昔も今も資本主義や西側の共産主義解釈に精通している。ということは、どちらがオープンで知識に恵まれているのか、ということですね。中国の本屋を覗くと、資本主義の文献もたくさんある。アメリカ合衆国やヨーロッパの本屋には共産主義中国の文献などまずない。(P71)」

 手軽な例では、ロシアの日本語ニュースであるSputnik日本語版(http://jp.sputniknews.com/)にアクセスしてみるのがよいと思う。プロパガンダだなとは感じつつも、日ごろ接しているのとは随分と違う視点があるのだということは実感できるだろう。

・本書の中で一番怖かったのは麻薬の話。「(チョムスキー)アメリカとしてはシチリアのマフィアと南仏のコルシカ・マフィアを(スト潰しのために)再興した。もちろんマフィアもただでは労働組合を潰さないから代価が必要だった。それがヘロイン産業のマフィア支配だった。これがかの有名なフレンチ・コネクションで、南仏からはじまって世界中に広まったのです。だからどこでも騒乱や転覆があると麻薬の売買がそれにつきまとうことには理由がある。よって、もしCIAがで政府を転覆して労働組合を潰すとかいうときには、まず必要なのは人、それから裏金、足のつかない資金ですね。それら揃えば世界中どこでもうまくいく。(P180)」

 余談だけど、初代ロボコップで悪役のクラレンス(マフィアのボス)がジョーンズ(オムニ社の幹部)に「人々が集まる。それを仕切りたくないか。麻薬への需要がすごいことになるぞ」と誘われるシーンを思い出した(うろ覚えだけど)。

・本書で言及されていることがらの幾つかは佐藤優本でも触れられていたので最後に少しリストアップしておく。

本書「(ヴルチェク)いまや搾取をあからさまにおこなっているのはフランスですね。アフリカじゅうでフランスが果たしている役割は信じられないくらいで、ジブチからソマリア、西サハラからリビアまでその行状は凄まじい。 (P167)」

超したたか勉強術(佐藤優)「フランスは西アフリカで石油やウラニウムなどの地下資源を巡って乱暴なオペレーションを展開している。(93.5% *電子書籍なのでページ数表示できない)」 

本書「(ヴルチェク)(ヨーロッパにおける)極右の台頭も当然だと思う。第二次世界大戦後にヨーロッパが世界の何千万という人を犠牲にして作り上げた、自己中心的な社会福祉システムの化けの皮がはがれてきたのです。 (P90)」

超したたか勉強術(佐藤優)「ネタニヤフ首相は、ここに来てヨーロッパにおける反ユダヤ主義という地金が出てきたことを察知したのではないか(94.1%)」

2015年10月12日月曜日

知的トレーニングの技術〔完全独習版〕 (ちくま学芸文庫) 花村 太郎 (著)

 「知的」を冠したハウツー本が数多く出回っている昨今、自分にとっては源流であり、真打ちと言える1冊。オリジナルは別冊宝島で1980年に出版されていた本書が、昨今のブームのおかげか、文庫本としてこの度復活。学生時代に引越しのドサクサで紛失していたので、復活を知って即買いでした。

 「本を読む」ということに限って言えば、佐藤優の「読書の技法」が具体的で役立つのだが、本書では、そんな技術が、読書に限らず、情報の収集から整理、私淑の心構えに至るまで、実践可能な具体的な手法として提示されている。さらには、それらの技術がゲーテや森鴎外、ポール・ヴァレリーなどによっても使われていた例を、彼らの日記などから拾い上げて紹介してくれる。刺激も受けるし、具体的なノウハウも見つけられるし、発想を柔軟にしてくれるヒントも散りばめられている。自分の中では、この分野のベスト3の1冊です。

 知的トレーニングの技術 花村太郎
 思考の整理学 外山滋比古
 知的複眼思考法 苅谷剛彦

【目次】
イントロダクション 知的スタート術

--準備編 知的生産・知的創造に必要な基礎テクニック8章
志をたてる 立志術
人生を設計する 青春病克服術
ヤル気を養う ヤル気術
愉快にやる 気分管理術
問いかける 発問・発想トレーニング法
自分を知る [基礎知力]測定法
友を選ぶ・師を選ぶ 知的交流術
知的空間をもつ 知の空間術

--実践編 読み・考え・書くための技術11章
論文を書く 知的生産過程のモデル
あつめる    蒐集術
さがす・しらべる 探索術
分類する・名づける 知的パッケージ術
分ける・関係づける 分析術
読む 読書術
書く 執筆術
考える 思考の空間術
推理する 知的生産のための思考術
疑う 科学批判の思考術
直感する 思想術

さまざまな巨匠たちの思考術・思想術 発想法カタログ

2015年10月10日土曜日

検証 「イスラム国」人質事件 朝日新聞取材班 (著)

・当時イスラム国人質事件に関わった国内外の朝日新聞の記者達が当時の記録や、その後の取材活動をまとめ上げたもの。総じて、官邸の対応については直接的な批判を避け、事実をして淡々と語らしめるという体裁を取っている。

・事件後に政府は有識者による事件お検証を行ったが、お手盛り感が強い。

・後藤さんと湯川さんがISに囚えられていることを知っていながら安倍首相が中東において挑発的と取られても仕方がない言い回しを不不用意にした。

・ISとの交渉に、ブラック感アリとは言え、パイプが強いトルコを頼らずにヨルダンを頼った。

・ISとの直接交渉は後藤さんの奥さんだけが行い、日本政府は一切関与しなかった。奥さんは、後藤さんが入っていた紛争地域に赴くジャーナリスト用の結構高い保険(1日10万程度で、掛け捨て)を使って、これも後藤さんが築き上げた人脈から、オーストラリアのコンサルタントに依頼して、ISとの交渉を行っていた。

・なお、ISから後藤さんの奥さんに宛てた最初のメールは迷惑メール扱いで気づかれなかったという。

【目次】
第1章 湯川さんの拘束
第2章 後藤さんのシリア入り
第3章 妻へのメール
第4章 中東の悪夢
第5章 翻弄
第6章 渦中のヨルダン
第7章 連鎖する死
第8章 幕引き

2015年9月22日火曜日

丸山眞男と田中角栄 「戦後民主主義」の逆襲 集英社新書 佐高 信 (著), 早野 透 (著)

 丸山眞男と田中角栄を、戦後日本の上半身と下半身と位置づけた対談。

「(佐高)丸山さんが知性によって戦後民主主義の原点を提示したとすると、角栄は肉体によって、草の根というものの在り処を表現し続けた。それはやはり彼らの戦争体験からずっと続いていたのだと思います。まさに早野さんのおっしゃる戦後日本の上半身と下半身ということですね。 (P39)」

 自分にとっては、田中角栄というのは毀誉褒貶が激しい人で、どちらかと言えばマスコミの言説にならって、悪徳政治家というイメージを植え付けられている。それでも週刊プレイボーイなんかで若者人気ナンバーワンみたいな特集が組まれていたのを覚えている。

「(早野)民主主義とは常に求め続けるもので、不断に闘い取ってこそ民主主義だということを、丸山先生は言い続けた。そういう意味では、角栄は理屈よりも行動で民主主義を表現し続けた人だったから、丸山眞男的デモクラットと言えるかもしれない。 (P98)」

「(佐高)国家をプラグマティックに捉えて、国家を可塑性のものだと考える。国家の役割を、平和と福祉に限定し、人びとの内面には入らないといことですね。タカ派というのは倹約国家なんです。倹約国家論は制約が入り、統制に向かう。生き方を制限するわけです。とろこがハト派の角栄や池田勇人、石橋湛山は、倹約国家論ではない。平和と福祉に国家を限定して、どう生きるかについては国家や政治は介入せずに、一人一人の国民に託す。いまの安倍に連なる系譜は、必ず倹約とかを言い出す。それは生き方を抑圧してくるんです。 (P182)」

 本書を読んでいると、最近の我が国における民主主義の危うさのようなものを強く意識する。
 なお、本書では対談者同士の掛け合いもなかなかに軽妙で、それもまた読み進める楽しみの一つだった。

2015年9月6日日曜日

日本の大問題 「10年後」を考える ─「本と新聞の大学」講義録 集英社新書 一色 清 (著), 姜尚中 (著)ほか

 「佐藤優(第2回 反知性主義との戦い)」と「堤未果(第4回 沈みゆく大国アメリカと、日本の未来)」に惹かれて興味を持った。ただ、この二人の内容は他(主に自著)で話してる内容と重複するものばかりなので、既読だったら本書を読む意義は薄くなる。

 「第3回 高齢化社会と日本の医療(上昌広)」は、高齢者が増えるこれからの日本で医療従事者が全然不足してしまうという問題意識について語ったもの。教育機関への補助金を住民数で割ると明らかな差異があり、京都と埼玉での金額差は何と30倍!ただし、これは学部や講座、そして関連する研究施設の数なんかも考慮に入れる必要があると思うので、少しアオり気味?
 ただ、補助金額が全国3位の徳島県(ちなみに2位は宮城県だそうな)は大塚製薬、日本ハム、ジャストシステムを生んだ土地であり、現在でも住人一人辺りの医師数が日本一多いそうで、ある程度の相関はありそう。

 「第7回 2025年の介護:おひとりさま時代の老い方・死に方」は上野千鶴子。軽妙で、それでいてブラックな部分をゲラリと(そんな日本語はないけど)刺してみせるのが面白かった。

 自分にとっての本書での一番の収穫は宮台真司の「第5回 10年後の日本、感情の劣化がとまらない」。他の回が30ページ前後なのに対して、この回は倍の60ページなので、ボリュームとしても読み応えは一番。ネトウヨなどを題材に、日本における感情の劣化を取り上げ、新たな感情の共通基盤を社会としてインストールするには「不可能性の不可避性」と「見えないコミュニティ化」が大切な概念になると論じている。

 1つ1つがそれほど長くないので読みやすい。人口減少問題を起点に、少子化と高齢化の両方に関連するテーマが収録されており、大学をはじめとするこれからの教育機関のあり方についても触れられている。知り合いの大学の先生は顔ぶれが気に入らないと言っていた(笑)。

【目次】
第1回 基調講演(一色清、姜尚中)
第2回 反知性主義との戦い(佐藤優)
第3回 高齢化社会と日本の医療(上昌広)
第4回 沈みゆく大国アメリカと、日本の未来(堤未果)
第5回 10年後の日本、感情の劣化がとまらない(宮台真司)
第6回 戦後日本のナショナリズムと東京オリンピック(大澤真幸)
第7回 2025年の介護:おひとりさま時代の老い方・死に方(上野千鶴子)
第8回 総括講義(一色清、姜尚中)

小説 仮面ライダーブレイド 宮下 隼一 (著)

 平成ライダーの中でブレイドもかなり好き。本書では番組の300年後の世界が描かれるというので、期待値は大きかった。始も剣崎もアンデッドだから、生きてても不思議はないわけだし。

 しかし読み始めてみると相変わらずひどい。文章は読みづらいし、展開もご都合主義(そう感じるのはひどい文章のせいもあると思うが)。脚本家が小説を書くって、こんなもんなのか。この「小説仮面ライダー」シリーズの文章のクオリティの低さを何度も経験すると、そういうフィルターが自分の中でにできようというもの。

 それでも、剣崎と始の再会があるだけで許してしまう(もう少し盛り上げてほしい気もしたけど)。それに、剣崎がアンデッドとして300年の間に体験した絶望の記述にはちょっと圧倒された。死への渇望を抱いたアンデッドが戦場に身を置きたがるという設定も無理はない。ただ、あのモノリスみたいな石版に無理矢理な設定をつけたのは、自分達がテレビで作り上げた世界観を自らの手で汚したことになるんじゃないかと思うが(著者はブレイドの脚本家)。

2015年7月20日月曜日

「働き方」の教科書:「無敵の50代」になるための仕事と人生の基本 出口治明 (著)

 タイトルでは「50代」と書かれているが、20代からフォローしている。自分の年齢が近いからか、50代からの起業についての具体的な記述については少なからず参考になる箇所があった。しかし仕事と人生の基本については、どうも抹香臭さが抜け切らない。

 全体としては少し期待ハズレというのが正直な読後感。僕はこんなに本を読んでて、こんなことを知ってて、だからこういう見方をして、こういう動き方をしてきた、という感じの記述が多く、自慢ですか?と感じてしまう。読書家の割に、そう感じる箇所が鼻につくってのは、確信犯なのか脇が甘いのか自分の根性がひねくれているのか。

2015年7月11日土曜日

「人生二毛作」のすすめ―脳をいつまでも生き生きとさせる生活 外山 滋比古 (著)

 外山滋比古と言えば「思考の整理学」などが有名で、知に関する作法を具体的な技術として工夫を重ねて築き上げてきた職人という印象がある。本書は、そんな著者が、例えば退職後にどうやって有意義な人生を送っていくかを、自らが実践してきた具体的な心がけや方法と一緒に、平易に語ってくれる本。

 外山さんの文章は「上善如水」。するすると水のように入ってくるのだが、実は味わい深い。しかも、この味わいは、自分の中に受容体がないと反応できないわけで、正直なところ、「ふーん、それで?」という感じで、あまりピンと来ない箇所も多々あった。

 それでも「長い老後を実りあるものにするためには、一日一日の生活パターンを守ること、外にでること、この2つは鉄則だと心得ています。」こんな一言に反応するようになったのは、自分の年齢のせいなのだろうか。他にも「男子、厨房に入るべし。そして調理は段取りを旨とすべし、です。」など、かなり具体的。ちなみに、調理の段取りは脳によいと、脳関係の他の本にも書かれていた。

 タイトルに偽りはないのだけれど、読み進めてて、どうも、頑固爺さんが小言を書き連ねているような印象だった。すると著者自身があとがきで「この本はまるでシラフでクダを巻いているような趣きがあり、われながら恥ずかしい」とあった。確信犯だったんですね。ただし、やはり外山さん、お言葉のそこかしこに、きらめくものがある。

2015年6月27日土曜日

小説 仮面ライダーディケイド 門矢士の世界~レンズの中の箱庭~ (講談社キャラクター文庫) 鐘弘 亜樹 (著), 井上 敏樹 (監修)

・鳴滝が◯◯するので、時期の設定としては番組の後か?相変わらず、小説としてのクオリティにはハラハラさせられるが、番組では終始一貫して傲岸不遜だった門矢士の意外な内面が描かれているのが面白い。

・なぜかまた、複数のライダーの世界を巡っており、天道総司ら、異世界のライダー達との交流の様子も描かれている。その都度、実はナイーブな士の心情を読めるのは小説ならではの楽しみだ。

・クライマックスであるはずの戦闘シーンでの描写が淡白、と言うより明らかにクオリティが低いのは残念。番組を全く知らずにこの本を読む読者などほとんどいないのだろうから、やはりファンサービスとして、お決まりの所作なりセリフは、もう少し盛り上げてほしかったところ。あまり淡白過ぎると少し欲求不満が残った。

小説 仮面ライダーW ~Zを継ぐ者~ (講談社キャラクター文庫) 三条 陸 (著)

 既にエクストリーム化を果たしつつ、最終回まではたどり着いていない時期での鳴海探偵事務所のエピソードという位置づけ。アクセルは既に登場しているが、既に正太郎達とは良好な関係にまでなっている段階。正太郎がひどい風邪にかかり、フィリップが正太郎になり代わって探偵稼業のフロントマンを務めるというお話。

 語り手はフィリップ。星の本棚の構成などが本人の口から語られているのが「興味深い」。あれって、テレビ見てるだけだとどういう仕組みになってるのか今一つ把握できなかったのでね。
 一方、本作では終盤まであまり出番のない正太郎。それでも、彼の存在意義がフィリップによって再確認される描写があり、正太郎ファンにとっても、なかなかに嬉しい構成。

 園崎一家がほとんど出てこないのが残念ではあるが、オールスター出演を意識するあまり、学芸会的になってしまっては本末転倒なので、これはこれで正解。文章的にも安定しており、入り込めるかどうかは別にして、仮面ライダーWの世界観を何とか把握するぐらいのことはできる。平成仮面ライダーの小説シリーズの中ではなかなかの良作だと思う。

 ところで本作の作者は亜樹ちゃんを一番愛しておるね。登場キャラの中で最も映像が浮かんだのが彼女だった。

2015年5月31日日曜日

小説 仮面ライダーカブト (講談社キャラクター文庫) 米村 正二 (著)

 著者はカブトの脚本家。本書の基本的な構成はテレビ版カブトのあらすじをなぞったもの。天道と加賀美の出会いから最後の決戦までの流れをダイジェスト的に追っている。さらに、決戦後に、加賀美が旅に出たひよりを追って東南アジアを彷徨う話が追加されたという構成。

 テレビ版のストーリーを追った部分は、印象に残ったセリフを交えながら描かれてはいるが、表現が淡白な上に、紙面の都合なのだろうか、あまりにも盛り上がらず、「入れるべき要素をとにかく消化している」という印象。また、文章として読みづらい箇所も多く、脚本と小説は、作法が大きく違うものなのだろうと思った。天道や加賀美(親父も含む)よりも三島さんの心情描写が多いような気がしたが、これは著者の思い入れか。いずれにせよ、本編を見ていない人が本書によってカブトの世界を把握することは無理で、はもちろん、あらすじを把握することすら不可能だろう。

 追加部分である決戦後にエピソードについては、それまでの本体部分よりも小説としては読みやすかったが、加賀美の「東南アジア・青春ひとり旅」という内容でしかなく、ワームも全く関係ないので、「仮面ライダーカブト」という作品として、こういう話がなぜ必要だったのかというのが分からなかった。総じて、この平成仮面ライダー小説版の中では残念な読後感だった。

イスラム国 テロリストが国家をつくる時 ロレッタ ナポリオーニ (著)

 イスラム国は、たまたまうまい具合に勝ち上がってきたテロリストが、ちょっとおだって(北海道弁)でかしたものだ、ぐらいに思ってた。本書を読むと、これまでの数々のジハードの失敗を教訓とし、新たなパラダイムを打ち立てるために、よく考えた上で周到にことを進めているのだという印象になる。
 イスラム国の動きは、近代国家の再定義を迫るものである。「従来のジハード集団から神話とレトリックを受け継ぐ一方で、国家建設という野望の実現に必要な現実主義と近代性を身につけている。」(P152)つまり、ちょっと調子にのったテロリスト集団、という領域をはるかに超えているのだ。
「イスラム国の第一義的な目的は、スンニ派のムスリムにとって、ユダヤ人にとってのイスラエルとなることである。」(P29)

「池上彰、渾身の解説!」というのは典型的なアオリ。本書の内容を上手にコンパクトにまとめたという程度のもの。ただし、それがなくても本書で提示されるイスラム国についての知見は十分に価値があると思う。

2015年2月15日日曜日

なぜ世界でいま、「ハゲ」がクールなのか 講談社+α新書 福本 容子 (著)

 関西では子どもの頃は「アホ」と同じぐらいの軽さで「ハゲ」と言っていた。「何言うてんねん、このハゲ」「アホなこと言うてると、しばくで、このハゲ」といったような感じで。
 大学時代の同期で、若くして頭髪が薄くなった者がいた。彼が長期休暇の間に関西でバイトをした時に、自分よりも少し若い年代の連中と一緒に会話をしていた時に、そんな感じで「何言うてんねん、このハゲ」と言われた時、「何もそこまでハッキリ言わんでも」と半泣きで抗議したらしい。閑話休題。

 本書は知り合いからススメられて読んでみた。タイトルからしてインパクトが大きいが、いつの間に、ハゲがそんなクール・ジャパンみたいなことになってたんだろうかと思う。
 内容的には、古今東西のカッコいいハゲのプチ列伝があったり、ハゲに対するお国別許容度を比較してみたりと、かなり面白いネタが詰まっている。また、マイノリティに対する社会の視線、多様性の許容度ということにもサラリと触れられている。
 もし、知り合いで頭髪を気にしていたり、秘密裏にカツラを使ってる人がいたら、決して他意はないことを宣言しつつ、本書の一読をおススメします。本書は決してハゲに対する揶揄的なものではなく、明るくポジティブにエールを送る本。これだったら、自分も薄くなったら思い切って剃髪するかな、と思うほど。

 なお、国内カツラ市場は1330億円。初期費用で70万〜100万かかる。しかもゴールがなく(ふさふさに戻ることはない)コストをかけてメンテナンスを継続しなければならない。ちなみに、効能が科学的に認められているのは塗り薬(リアップ)と飲み薬(プロペシア)だけらしい。ご参考までに。

【目次】
第1章 世界の政治家とハゲ
第2章 日本のハゲ
第3章 経営者とハゲ
第4章 髪の有無と影響力
第5章 髪の文化人類学
第6章 ハゲノミクス
第7章 ボウズファッション
第8章 ハゲのリアル
第9章 ハゲと日本経済

ターンエーの癒し 単行本 富野 由悠季 (著)

 一連のガンダム作品の中では、ターンエーガンダムが一番好きで、奇跡のような作品だと思っている。全ての始まりだから、やっぱりファーストでしょという知り合いもいるが、それを言ってしまうと広がりがないので、自分としてはファーストは別格だと位置づけている。ちなみに、今、リアルタイムでやっている「ガンダム Gのレコンギスタ」は富野さんが直々に監督を務める久々のガンダムだが、ターンエーガンダムへの橋渡し的な位置づけを感じさせる。

 そんなターンエーガンダムの制作舞台裏を富野監督自身の弁で読み解けるものと期待したのだが、期待外れだった。これは、こちらの期待が勝手なものだっただけということ。実際は、富野監督が、のたうち回っていると言うか、のたくっている姿を、読みづらい文章でつづっているという内容で、しかも、それがすこぶる偏執狂的なもの。そこここに、監督の作家性やガンダム、アニメ、映像作品に対する洞察なども散見され、興味深く読めるスポットはあるのだが、そんな偏執狂的な文章の波間にあるものだから、かなり読みづらいものだった。よい言い方をすれば、等身大な文章ということかな。

 ところでTV版のオープニング/エンディングソングは西城秀樹/谷村新司が歌っているのだが、本書で紹介されている彼らとのエピソードは、富野監督の性格とも相まって、なかなか感動的。

2015年2月8日日曜日

狩猟 始めました --新しい自然派ハンターの世界へ-- ヤマケイ新書 安藤 啓一 (著), 上田 泰正 (著)

 職場の同僚に聞くところによると、最近、じわじわと狩猟ブームが来ているらしい。ハンターになるまでの過程や、それ以降の体験を描いた小説やコミックも出版されてきているとのこと。世の中、「銀の匙」やそういう作品のように、「働くおじさん」的な色々な職場が様々な媒体で紹介されるのが一つの流れになっているのかも知れない。

 本書ではハンターになるまでのプロセスや、やってみないと分からない苦労話もサラッと盛り込みつつ、メインは狩猟という行為について、著者がハンターとして活動していく中で感じたこと、考えたことが綴られている。愛しい生き物としてのシカと美味しい食べ物としてのシカの境界線はどこにあるのか。この矛盾と言うか葛藤を受け入れている姿勢が好印象。

 狩猟はお手軽なものではない。昨年秋にシカ撃ちに連れていってもらった時に実感した。山の中を奥まで分け入るのだが、その時に立てる音は、山中に響くほど大きなもの。そうでなくても敏感な野生動物達が気づかないはずがない。シカなどの生態や行動パターンなどを頭に入れた上で動く必要があるのだが、そうやって少しずつ狩猟対象のことが分かってくることが自然との一体化につながると著者は表現している。同僚のハンターも、そういう心持ちには共感できるものなのか、今度、聞いてみよう。なお、本書の最終部分で、ハンター擁護が、若干、美化されて持ち上げ過ぎな印象。

 ちなみに、北海道のエゾシカは現在で約60万頭の推計。農業被害は年間で60億円(P180)。なお、農水省では平成28年度までに30万頭までの減少を目指している(第4期エゾシカ保護管理計画)のだが、こうやって被害額が出てきているということは、届け出があるということだろう。そうであれば、そのための保険制度があるのかも知れないと思って調べてみたら、それらしいものがすぐに見つかった。他にも、あまり表立ってはいないけど、色々な保険があるんじゃないだろうか。
http://www.maff.go.jp/j/keiei/hoken/saigai_hosyo/

【目次】
第1章 狩猟との出会い
第2章 動物観察と狩猟
第3章 自然暮らしの狩猟~どうしてハンターになったのか
第4章 動物を慈しむ心で野生肉を得る
第5章 皮や骨も大切に使う
第6章 野生動物と人間の暮らし
第7章 ハンターとなるために必要な手続き

2015年1月12日月曜日

報道されない中東の真実 動乱のシリア・アラブ世界の地殻変動 国枝昌樹 (著)

 本書は元在シリア大使による現地レポート。きちんと報道されない中東情勢について、現地にいた著者ならではのレポートを、できるだけ客観的な立場で記している。著者は、アサド政権を全面的に擁護するつもりはないと冒頭で明言しているが、結果としては、アサド政権を巡る報道が、いかに偏向しているかが自然と浮かび上がっている。

 本書では、恣意的な報道に対する冷静な検証が展開されているが、アサド政権のこれまでの歩みについても概観されており、その道程は、決して悪逆な専制国家のそれではなく、独裁政権ではありながらも、かなり開明的な側面があったことが知れてくる。なお、この辺りについては、青山浩之の「混迷するシリア」に詳しい。

 アサド政権を悪の専制国家として声高に糾弾する側には、どんな理屈があるのか?例えばアメリカは英仏などと共に、常にアサドの退陣を要求し続けてきたが、その背景は何かというのを知りたかったのだが、本書ではある程度の内情を示してくれている。大雑把に言ってしまえば、カタールとサウジアラビアが一番の黒幕なのだ。そして、そんな彼らにも、是非はともかくとして、自分達の国を守るための論理というのがある。このあたりの解説はとても参考になった。
 ただし、アメリカに追随するだけで、誠実な仲介者たろうとする姿勢を最初から放棄していたパン国連事務総長に対する著者の評価は無条件に厳しい。

 ところで本書では、こんな印象的な場面も紹介されている。
「(2014年)2月17日には現場での停戦が実現し、バビーラ地区では現場に入った国軍兵士や国民防衛隊の女性隊員らがその直前までテロリストだと叫んで生命を賭して戦っていた武装グループの兵士たちと握手し、談笑する光景まで見られた。(略)この停戦と和解の動きが報道されると、武装グループの上部団体幹部たちはわが目、わが耳を疑い、怒りを隠さなかった。現場の裏切りだとも言って非難した。(略)政府側ではこのような地域単位の停戦を積み重ね、次第に国民和解を実現していくことの意義を強調した。 (P178)」
 本書の表紙に使われているのは、この時の写真だ。この表情を見ていると、それまでの憎悪に満ちた戦闘が何だったんだという気がしてくるが、現場レベルでは、こういう停戦と和解が成り立ちつつあるというところに望みを見出したいものだ。

 シリアに対する国際協調(と言うより対米追従か)路線を歩んでいる日本政府ではあるが、現地外交官が、これほどの視点と識見を持っており、そして、それを本書のような形で世に出してくれたことに対して敬意と感謝の念を表したい。このような知見が、日本の中東に対する外交において有効に活用されたらいいのになあ。

【目次】
はしがき

[第一章 シリア問題の過去・現在・未来] 
●民衆蜂起第1幕――シリア全土に広がる抗議のデモ
●民衆蜂起第2幕――国際社会の介入と悪化する情勢
●民衆蜂起第3幕――窮地のシリア政府
●民衆蜂起第4幕――反転攻勢に出る政府

[第二章 反体制派、それぞれの思惑] 
●シリア軍――欧米諸国の支援と期待を背負う
●イスラミック戦線――非アルカーイダ系イスラム主義グループ
●ヌスラ戦線――アルカーイダ系武装グループ
●イラク・大シリア・イスラム国家――アルカーイダを見限ってカリフを頂く国家創設をもくろむ

[第三章 宗教・宗派対立の真実] 
●スンニー派シリア人――割を食わされた人々
●アラウィ派シリア人――謎に包まれた存在
●シーア派シリア人――殻に籠もる人びと
●シリア人キリスト教徒――歴史に翻弄される人々

[第四章 アラブ世界をめぐる関係諸国の戦略] 
●ロシア――シリア政府を支援する大国
●イラン――シーア派ではなく、国益重視の相互関係
●イラク――国家分裂の危機に瀕する、新たな中東の火種
●レバノン――アサド政権と運命をともにするヒズボッラ
●米国、英国そしてフランス――シリア制裁を先導する国々の不確かさ
●カタール――金は力、リージョナル・パワーを目指す
●サウジアラビア――老舗の国王が率いるアラブの盟主
●トルコ――「ゼロ・プロブレム外交」から「ゼロ・フレンド外交」へ
●イスラエル――安全を脅しうる「漁夫の利」
●国連――仲介機能不全に陥った事務総長

見えない世界戦争: 「サイバー戦」最新報告 (新潮新書) 木村 正人 (著)

 「世界戦争」というタイトルは、あながち大げさというわけでもない。本書を読み進めていくと、そのことが分かる。

 中国のサイバー部隊について、どんな部隊構成になっているかまで判明しているのに驚いた。ジャーナリストが知り得る情報のレベルでこれなのだから、実際はもっと深くまで把握しているのだろう。この分野における中国の実力アップには侮れないものがあり、それが、大学などの研究機関との連携によるところが大きいというのは日本にとっても示唆的(テルアビブ大学には「サイバー戦争プログラム部」というのがあるらしい)。ただ、現地時間の夕方5時以降は活動がかなり減少するということで、かなり公務員根性でやってるらしいとの一文は、微笑ましいというか何というか。なお、サイバー部隊については、イランやシリアも台頭してきているし、北朝鮮も侮れないらしい。また、エストニアがIT立国を目指して頑張ってるってのは本書で初めて知った。

 ドローンによる攻撃が、NSAのプリズムで収集されているメタデータをもとに、音声などでターゲットを判別して自動的に行われるようになっているというのには戦慄した。その結果、子供も含めた巻き添えが数多く出ており、時の人であるマララさんも、事態がパキスタンで頻発しているため、オバマ大統領に直訴したらしい。

 イランの核開発で、遠心機を制御するコンピューターにウィルスを仕込んだという話がかつて報道されたが、これは米国NSAとイスラエルの情報機関の協同作戦であり、スタンドアローンで稼働していたイランのPC(普通にWindows機を使ってたらしい)にメモリスティック等経由で仕込んだらしい。このウィルスは、原因が同じでないように巧妙な異常動作をするので、イランの研究者は自分達の手法に落ち度があるのではないかとかなり悩んだらしく、これが大きなタイムロスになった。

 一方、キツい環境で鍛えられたイスラエルでは対サイバー戦能力が必然的に向上し、世界でもトップレベルになった。中国は、高いセキュリティ技術を持つイスラエルと手を結びたくて、一方のイスラエルは、国連安保理の常任理事国である中国の影響力が欲しい。安倍首相がイスラエルと安全保障分野で提携したのは、そんな背景もあったからというのが著者の見立て。

 これからは、戦闘時にはサイバー攻撃が伴うのがデフォルトになる。戦闘開始時に官公庁のネットワークがダウンしたり、銀行のネットワークがおかしくなったりしたら、確かにパニックが増大して、相手の戦力を削ぐことになるだろう。
 今年、言葉としての流通量が増えそうな「IoT(Internet of Things)」だが、こういう話を聞くと、あまり推進するのも諸刃の刃だなと思う。インターネットからの鎖国というのも、自衛手段として考えていくことが必要な時代になってきている。最期に一例のリンク。

ロシア、インターネットからの独立を検討

【目次】
第1章 せめぎあう仮想と現実
第2章 軍産学民が一体化した中国の脅威
第3章 スノーデン事件に揺れる米英シギント同盟
第4章 終わりなきドラグネット合戦への警鐘
第5章 リアルを侵蝕するサイバー戦の前途


歴史家が見る現代世界 (講談社現代新書) 入江 昭 (著)

 歴史研究においては、もう、国家単位での把握ではなく、様々な主体による関係論から、ひいては環境も含めた全地球的な視野で捉えるようになっているらしい。グローバリズムが進むことによって、国家が相対的に弱体化し、また同時に、欧米のポジションも相対化していった。この結果、国家以外(例えばNGO)や新興国など、プレーヤーが増えていった。このため、世界史観が国単位から、よりそのスコープを拡張していった。

 これは、歴史研究において、目新しいパラダイムではないらしいのだが、自分は全く知らなかったので、興味深く読み進めることができた。また、「国家」の枠が問い直されているなと感じる場面は、インターネットをはじめとして、色々な分野であるのだが、歴史研究においても同様なのだと知った。

 「歴史家」というのが、どのような役割を果たしている存在なのか、これまで今ひとつ、よく理解できなかったのだけど、本書で自分なりのイメージができた。