2014年12月31日水曜日

イギリスの情報外交 インテリジェンスとは何か (PHP新書) 小谷 賢 (著)

 第2次世界対戦前夜のイギリスのスパイ活動がどんなものかと思って読み始めたが、スパイと言うより、シギント(盗聴や暗号解読)を中心とした相手(この場合は日本)の外交的意図の把握と、世論操作によるプロパガンダによる相手の牽制が、どのような内情により、どのようなタイミングで行われ、それがどのような結果につながったが説明されている本だった。インテリジェンスを伴うことによって、いかに英外交が国力以上のものを引き出して問題を解決していったかということが、日米英の当時の資料を照合して紹介されている。

 当時、バトル・オブ・ブリテンでドイツと交戦状態にあったイギリスは、アジアにおける日本の拡大路線に警戒を抱きつつも、日本とも交戦することになれば国の存亡の危機であるという認識を持っていた。そこでイギリスは、不介入を基本路線とするアメリカを何とか引きずり出そうとする。そのために、日本側の電文を解読し、タイミングよく、日本に牽制をかけたり、アメリカに情報を提供することで、時間稼ぎをしながら英米共闘路線を築き上げていった。暗号も、解読されてしまっては、どうしようもなく手玉に取られるだけ。とは言え、政府組織だって一枚岩ではないため、外部の人間が見たら矛盾するやり取りが飛び交うこともあるので、暗号電文を入手したからと言って、それだけを全ての判断根拠にするわけにはいかないが。
 なお、この時、ドイツの暗号エニグマを解読したのが、コンピューターの父であるアラン・チューリング。同性愛者であった彼は最近になって名誉を回復され、彼の名を冠した研究機関が立ち上げる予算が計上された(http://www.wiley.co.jp/blog/pse/?p=27651)。

・イギリスにおいては、外務省が強硬姿勢で、軍部が控えめだったというのが新鮮だった。それほど当時の日本軍が強かったのか。こういうのって、大抵は軍人が大義名分を振りかざして強硬路線を主張するという先入観があったのだが。
 「もし半年でも早く日本がイギリスを攻撃していたならば、大英帝国は崩壊していたかもしれない(P244)」という一文は新鮮だった。日本軍って、そんなに大英帝国に肉薄してたのか。
 また、入手した情報が、限られた関係者だけに配布されるのではなく、関わりのある部局関係者に広く配布されるというのも興味深かった。防諜の観点からは望ましくないが、それでもメリットとデメリットを比較したら、メリットの方が大きいと認識されていたということだ。

・「一般に政策決定者が情報を選別し始めると、どうしても自らのイメージに沿うような情報を抽出しがちになるという弊害が生ずると言えよう。前述のようにいくつかの情報は日本が英米との関係改善を望んでいることを示唆していたが、既に英外務省や戦時内閣にとって日本との関係改善は現実的な路線とは映らなかったのである。(P214)」 これはチャーチルが現場からの情報を自分自身で目を通していたことに対しての著者の記述。ちなみにフォークランド紛争の頃のサッチャーもインテリジェンスについては、同じ姿勢を取っていたらしく、それがフォークランドへの素早い原潜の派遣決定につながったらしい。やはりイギリスという国は、その国力をヘッジするという観点から、インテリジェンスに対する意識が、伝統的に高い国なのだろう。

・なお、この著者、ちょうどタイミングよく、今読んでいた「外交」の2014年の9月号にも執筆してた。

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