・現在のシリアの状況は、アサド政権が残忍な弾圧者として報道されているが、事態は単にアサド政権が退陣すればよいという単純な問題ではない。トルコ、パキスタン、イスラエルからロシアまでの周辺諸国との複雑な地政学的観点から見た時に、現政権からバトンタッチされるに足りるだけの勢力がないのも事実。アラブの春以降、アサド政権は、それまでに反対勢力が掲げていた要求をある程度は認めて法律も施行しているという事実もある。
【ノート】
・10年来、アレッポの石鹸を愛用している。洗顔洗髪から体を洗うのまで、全てこれ一つでやっている。アレッポがシリアだというのは知っていたが、シリアがどこにあるかは知らず、何となくイタリアの近くにあるのかと思っていた。これは多分、アレッポの石鹸がオリーブからできているのと、シチリア島と語感が似ていたからだと思う。だからというのも変だが、シリア内戦のニュースを聞いた時から気になっていた。それと同時に、そこまで国民を弾圧、虐殺したと報道されているアサド大統領や現体制について、果たして、本当に、そんな映画に出てくるような分かりやすい悪者なんだろうかというのが気になり始めた。
・本書では決してアサド政権の弾圧姿勢を容認してはいないが、反対勢力が分裂、批判し合い、周囲のきな臭い国々に対抗できるだけの体制像を描けているわけでもないという状況を伝えている。お隣りのトルコやレバノン、イラクに加えてすぐ近くにはイスラエルもあるわけで、そうなるとアメリカの影もチラつく。反対勢力の中でも、シリア国内だけでケリをつけるべきだとするグループと、国外からの支援も取り入れて、現政権の打倒を実現するべきだとするグループもある。加えて、アラブ民族主義、マルクス主義、シリア民族主義、クルド民族主義、イスラム主義と、イデオロギーだけでも5つの勢力が対立し合っている。何か、アサド大統領、思ってたより大変なんじゃないか。少なくとも市民を虐殺して、その上にあぐらをかいて宮殿で毎日パーティー、というわけではなさそう。
・10年以上も前にやった初代プレイステーションのゲーム、メタルギアソリッドで、クルド人であるスナイパー・ウルフというキャラクターがいた。彼女は内戦の中を生き抜け、スナイパーになったのだが、そんな彼女が死ぬ間際に言ったセリフ、「世界は我々(の惨状)を無視した」。この言葉が今になって心に響いてきている。
・「救い」を求めて行き着いたのが「救い」が意味を持たない場所。これはもしかしたら、作者が自らの死と対峙せざるを得ない状況の中で、その苦しみや恐怖をじっと見つめたからこそ出てきた想念だったのかも知れないということに気付いた。ちなみに、本作は作者が34歳という若さで亡くなった2009年の翌年、発表された。