2014年12月31日水曜日

病名がつかない「からだの不調」とどうつき合うか (ポプラ新書) 津田 篤太郎 (著)

【由来】
・確か図書館の新書アラート

【期待したもの】
・「病名がつかないからだの不調」というのは確かにある。そんな自分の体の状態に関する知見が得られるのであれば。

【ノート】
・病名は、実はひとくくりに決められるものではない。あくまでも「状態」なのであり、したがって、完全に「病気」がない状態というのもない。

 タイトルに対する期待感からすると、何となく医者の言い訳が陳述されているという印象がないでもないが、実はその印象にこそ、我々、患者/受診者側の勘違いが潜んでいる。診断結果として病名が宣告され、それに合った薬がもらえればそれで安心するの?それでいいの?と問いかけられているように感じた。
 西洋と東洋の治療の違いなども概説しつつ、「治療とはどのような行為か」に言及し、医療にできることとできないことや、今の治療の仕組み、プロセスを説明することによって、「病気かも?」「何の病気?」という自分の不安感や医者とうまくつき合うための考え方を提示してくれる本。これからどんどん増加していく「高齢化世代」に片足をつっこんでいる自分にとって、「困った患者」にならないための視点を提供してもらった印象です。

・西洋医学は、分断された局所的、戦術的な治療に有効で、東洋医学は人体のネットワークを視野に入れた戦略的な治療。

・上工は「未病」を治し中工は「己病」を治すと言うが、医者を盲信するのではなく、上手に活用しながら、未病を意識して付き合うのがよい。

【目次】
第1章 なぜ病名がわからないのか
第2章 医師はどのようにして診断をつけているか
第3章 現代医療にできること、できないこと
第4章 よくわからない「不調」とのつき合い方
第5章 患者は医師とどうつき合えばいいのか

イギリスの情報外交 インテリジェンスとは何か (PHP新書) 小谷 賢 (著)

 第2次世界対戦前夜のイギリスのスパイ活動がどんなものかと思って読み始めたが、スパイと言うより、シギント(盗聴や暗号解読)を中心とした相手(この場合は日本)の外交的意図の把握と、世論操作によるプロパガンダによる相手の牽制が、どのような内情により、どのようなタイミングで行われ、それがどのような結果につながったが説明されている本だった。インテリジェンスを伴うことによって、いかに英外交が国力以上のものを引き出して問題を解決していったかということが、日米英の当時の資料を照合して紹介されている。

 当時、バトル・オブ・ブリテンでドイツと交戦状態にあったイギリスは、アジアにおける日本の拡大路線に警戒を抱きつつも、日本とも交戦することになれば国の存亡の危機であるという認識を持っていた。そこでイギリスは、不介入を基本路線とするアメリカを何とか引きずり出そうとする。そのために、日本側の電文を解読し、タイミングよく、日本に牽制をかけたり、アメリカに情報を提供することで、時間稼ぎをしながら英米共闘路線を築き上げていった。暗号も、解読されてしまっては、どうしようもなく手玉に取られるだけ。とは言え、政府組織だって一枚岩ではないため、外部の人間が見たら矛盾するやり取りが飛び交うこともあるので、暗号電文を入手したからと言って、それだけを全ての判断根拠にするわけにはいかないが。
 なお、この時、ドイツの暗号エニグマを解読したのが、コンピューターの父であるアラン・チューリング。同性愛者であった彼は最近になって名誉を回復され、彼の名を冠した研究機関が立ち上げる予算が計上された(http://www.wiley.co.jp/blog/pse/?p=27651)。

・イギリスにおいては、外務省が強硬姿勢で、軍部が控えめだったというのが新鮮だった。それほど当時の日本軍が強かったのか。こういうのって、大抵は軍人が大義名分を振りかざして強硬路線を主張するという先入観があったのだが。
 「もし半年でも早く日本がイギリスを攻撃していたならば、大英帝国は崩壊していたかもしれない(P244)」という一文は新鮮だった。日本軍って、そんなに大英帝国に肉薄してたのか。
 また、入手した情報が、限られた関係者だけに配布されるのではなく、関わりのある部局関係者に広く配布されるというのも興味深かった。防諜の観点からは望ましくないが、それでもメリットとデメリットを比較したら、メリットの方が大きいと認識されていたということだ。

・「一般に政策決定者が情報を選別し始めると、どうしても自らのイメージに沿うような情報を抽出しがちになるという弊害が生ずると言えよう。前述のようにいくつかの情報は日本が英米との関係改善を望んでいることを示唆していたが、既に英外務省や戦時内閣にとって日本との関係改善は現実的な路線とは映らなかったのである。(P214)」 これはチャーチルが現場からの情報を自分自身で目を通していたことに対しての著者の記述。ちなみにフォークランド紛争の頃のサッチャーもインテリジェンスについては、同じ姿勢を取っていたらしく、それがフォークランドへの素早い原潜の派遣決定につながったらしい。やはりイギリスという国は、その国力をヘッジするという観点から、インテリジェンスに対する意識が、伝統的に高い国なのだろう。

・なお、この著者、ちょうどタイミングよく、今読んでいた「外交」の2014年の9月号にも執筆してた。

2014年12月6日土曜日

じゅうぶん豊かで、貧しい社会:理念なき資本主義の末路 (単行本) – ロバート&エドワード スキデルスキー (著)

 かつてケインズは、経済活動の発展と共に富は社会に行き渡り、労働時間は短縮し、豊かな生き方に時間を使える社会が到来すると予言した。しかし、現実ではそうなっていないのはなぜか。著者らは、ケインズすら暗黙のうちに認めた、「一定のラインに到達するまでは金儲け主義でもいい」というパラダイム(「ファウストの取引」)が変質して目的化したことを理由に挙げる。これは、欲望、貪欲にも通じる。
 また、「幸福」という概念が曖昧模糊としており、豊かな生き方の基準たり得ないことも論証してみせる(あんまり論証された感がないけど)。そして「7つの基本的価値」が、その基準たり得ると主張する。いわく、1.健康、2.安定、3.尊敬、4.人格または自己確立、5.自然との調和、6.友情、7.余暇。
 また、それを実現するための政策として、ベーシック・インカム制度の実現と、広告が欲望を刺激するため広告税を導入することを提案している。

 著者はケインズ研究で有名らしいのだが、本書では、かつての資本主義が持ち合わせていた道徳感や倫理、そして「幸福」という概念についての検証を行っているため、古代ギリシャから現代の哲学までが視野に入っている。しかし、近現代以降の哲学に関する言及は付け焼き刃感が拭えないというのが率直な感想。また、文明批判のレトリックが、すこぶるアドルノを思わせるものだったこともあり、少しチグハグな印象を感じた。

 結局、これまでの「科学的」な態度では資本主義の肥大化・暴走を制御することはできないから、エイヤ!で、規範を立てましょうということか。「7つの基本的価値」について、「この種のリストはそもそも正確にはなり得ないものであり、誠実な不正確のほうが、偽りの正確性を追い求めるよりよいと信じる(P220)」との記述があるが、これは、従来の議論の作法では行き詰まってしまうから、その路線は採りませんという開き直りの表明だろう。言ってみれば、この開き直りに説得力を持たせるために、約200ページを割いて、これまでの経済学、社会学、哲学の議論を、検討してはダメ出し、ということをやってきたと言える。

 そんなわけだから、現行科学のパラダイムを脱構築しようとする宣言の書と取ることもできるし、経済学の意匠をまとった「あいだみつを」と取ることもできる。

 なお、「金だけは『これだけあれば十分』というのがない」というのが最初に提示されるテーゼなのだが、これは佐藤優も、色々な著作で述べている。例えば「人に強くなる極意(青春新書)」で「いくらあっても満足が得られないのがお金の本質(P144)」と言い、「資本主義がそのエゴをむき出しにしてくる(P153)」と記しているし、資本論を解題しながらもう少し丁寧に議論しているのが「はじめてのマルクス」だ。

【目次】
第1章 ケインズの誤算
第2章 ファウストの取引
第3章 富とは-東西の思想を訪ねて
第4章 幸福という幻想
第5章 成長の限界
第6章 よい暮らしを形成する七つの要素
第7章 終わりなき競争からの脱却

2014年11月30日日曜日

本の「使い方」 1万冊を血肉にした方法 (角川oneテーマ21) 新書 出口 治明 (著)

・本書を知ったきっかけはamazonからのメール。で、タイトル通り「一万冊を血肉にした方法」が開陳されるのであればと思って読んでみた。

・著者はライフネット生命の創業者。読書家としても著名らしく、honzで書評を書いたり、読書や仕事の流儀に関する本も何冊か出している。ご本人は物心ついた頃から本が好きだったとのこと。

・たくさん読んでいるから随分と斜め読みや速読もやっているのかと想像したが、そうではなく、普通に、真剣に集中して読む、それだけのことだと。それが、サブタイトルの「1万冊を血肉にした方法」ということになり、身も蓋もない感は拭えないかも。

・自分にとって読書家と言えば松岡正剛さん。だが、著者と正剛さんとはベクトルが違う。正剛さんはもっとカジュアルなのに対して、著者は「正座をするぐらいの」真剣勝負で、だから基本的には再読しない派。正剛さんは本への書き込みも再読も推奨しており、本書の著者とは正反対。面白いものだ。

・何かのテーマについて詳しくなりたい時は7〜8冊の本を読めとは、「本を読む本」でもシントピカル・リーディングとして紹介されている手法だが、「分厚い本から始める」というのが本書の個性。いわく「生半可な人では分厚い本は書けないし、出版社も書かせないのでハズレの確率が低い。それに最初に分厚い本で輪郭を掴んでおけば、その後はラク」と。

・古典を読むことの意義がかなり強調されている。どうしても「限られた時間」を言い訳に、比較的読みやすいノンフィクションな新刊を手にとりがちな自分だが、本書によって大いに反省を迫られた。えーと、まずは薄いのから読んでいこうと思います。ちなみに、知り合いの大学の先生に「資本論、読んでないんですよ」という話をしたら、「あんなの読んでる人、そうそういないよ!僕だって何度も挑戦して挫折してるよ」と言われて、ちょっと安心した。

・メモを取りながら、2時間弱で読了。他の本でもこのぐらいで読了できるとよいのだけど。

2014年11月16日日曜日

地方消滅 - 東京一極集中が招く人口急減 (中公新書) 増田 寛也 (著)

・最近、人口減少問題に関するつながりができたため、この分野の本を読み始めた。本書はかつて総務大臣を務めた増田氏によるもので、同氏は現在、日本創生会議の座長。今年(2014)の5月に発表された「消滅する可能性のある896自治体」が衝撃をよんだ(例えば毎日新聞)。

・人口の推移予測は、他の社会学モデルに比べると精度が高いということを知り合いの教授に教わったのだけど、それはつまり、かなりの精度で、上で挙げられた自治体が消滅してしまうということを意味している。

・本書は複数の執筆者による文章や対談を編集したものだが、日本における人口問題を考える時の基本的な概念や術語を把握できる。対策として挙げられているものは総花的だが、これは仕方がない。各地方の特性に合わせて取捨選択するしかないからだ。なお、本書の執筆者達のコンセンサスとしては、地方活性化ということらしいが、例えばホリエモンなんかは、少ないリソースは首都圏に集約するべき、と逆の考え方。

・1章を割いて北海道が取り上げられているのが興味深いと言うか空恐ろしいと言うか。北海道は日本の中でも問題が先鋭化しており、しかも地域特性から言って対策を取るのが難しい場所なので、北海道で有効なモデルが作られたら、大体日本のどこでも通用するだろう、ということで注目されているらしい。なお、この章は北海道のシンクタンクが執筆している。

・ちなみに、人口問題そのものについての基本的な知識を得たいのなら、中公新書の「人口学への招待」が分かりやすくてよい。これも既述の教授に教えてもらったもの。

2014年10月4日土曜日

材料革命ナノアーキテクトニクス (岩波科学ライブラリー) 有賀 克彦 (著)

・中学生の頃、歯医者で考えた。虫歯というのは化学反応によって歯が侵蝕されていることなのだから、歯以上に結合しやすいものを患部に詰めたら、そちらに全て吸収できるのではないかと。とにかく、虫歯の治療がイヤだったからアタマを絞ったのだが、叔父である歯医者は、残念ながら、そんな技術はないと教えてくれた。

・ただ、本書を読んだら、それも可能になるのではという気がしてくる。細菌の活動を抑えるのか、それとも歯質に有害な酸を中和するのか、いずれにせよ、ナノレベルの世界での人工的制御が可能になれば、夢ではないだろう。

・「ナノテクノロジー」という言葉は、今やそれほど珍しい言葉ではなくなってきたが、本書で紹介されている「ナノアーキテクトニクス」は、なかなかにSF度が高い。既存のものをどんどん小さくしていくことを「トップダウン」アプローチと言い、これはイメージしやすい。一方、物質を原子レベルからの制御などによって組み上げていく「ボトムアップ」アプローチによって作られる素材は、既存にはない物質になる。
 本書では応用例として、「汚れない窓ガラス」や「自動的に除菌する便器用コーティング素材」、「電子ペーパー」、電池、原子スイッチを応用したコンピューターや原子メモリ、人口光合成などを例として紹介している。

・理系色が強く、イオン構造なんかが出てくるので、自分は完全に構造を理解することはできなかったが、どんな世界が近づいているのかを垣間見ることはできる。

2014年9月15日月曜日

HOSONO百景 細野 晴臣 (著), 中矢 俊一郎 (編集)

 細野さんをはじめとするYMOの3人は自分にとって思い入れの強い人物だ。ほぼリアルタイムに彼らのアルバムを聴いていた世代で、エアチェック(死語)でインタビューなんかをラジカセ(死語)で録音し、何度も聴き返していたので、一度も会ったことはないのに、他人のような気がしない。熱烈なファンだったわけだ。

 本書は細野さんが話したものをそのまま活字にしたという趣向だそうで、「口伝、あるいは口承という古い方法だといえば聞こえはいいが、怠惰な性分なので書くことが億劫なだけだ」とは本人の弁。そのためか、読んでいると細野さんの声の響きを感じさせる心地良さがある。

 そんなわけで、読みやすいのだが、それでも、クラフトワークにはナチズムを背負っている、とか、解法された社会の雰囲気はスウィングによく表れている、など、ドキリとする社会観がところどころで披露されている。

 一般的に、ドイツ人って律儀で勤勉な部分が日本人と似ているといわれるけれど、彼らは責任感と義務感が強いんだと思う。だって、ナチの犯した過ちの咳にをずっとなんとかしようとしてきたわけでしょう。それがドイツ復興の基本となった。敗戦のことを忘れようとしてきた日本とは、その点が根本的に違うよ。 (P88)

 戦争が終わった直後のスウィングやブギウギの音源は、やっぱり解放感がある。たとえば、ナチに占領されていたパリが連合軍によって解法されたとき、スウィングがその象徴になって爆発的に流行したでしょう。だから、スウィングと解放感には密接な関係がある。 (P168)

 細野さんは音楽を通して社会学していたのだな、と感じた。

この日本で生きる君が知っておくべき「戦後史の学び方」―池上彰教授の東工大講義 日本篇 池上 彰 (著)

 終戦直後から今のアベノミクスまで、15のテーマで日本の戦後史を概観する。知ってることから知らなかったこと、曖昧なことまで網羅されており、ザッと読んでおくと、自分のような基本常識が偏っている人間にはよい。いつもの通り、読みやすいし。

 しかし池上さんの本を読んでると、身につけておきたい「恥をかく」ような基礎的な知識が、どれだけたくさんあるねん、という気になる。それにしても、東工大の学生は、いいねえ、と言ってしまう自分のフォーカスは、池上彰という著名人に対するブランド信仰なのか。

 孫崎さんの「戦後史の正体」と併読していると、池上さんのバランスがよく分かる。孫崎さんが、とかく、アメリカの陰謀だと主張する事件について、池上さんは同じ歩調のところもあれば、スルーしているところもあるし、匂わせる程度のところもあったりする。この二人が同じ見解であれば、ほぼ確定でいいんだろうなと感じる。あとは「ヤルタ-戦後史の起点」も併せて読んでみるかな。ちなみに池上さんは「世界」は購読してないんだな、確か。


海洋地球研究船「みらい」とっておきの空と海 柏野祐二 (著), 堀E.正岳 (著), 内田裕 (著), 構成・文 ネイチャープロ編集室 (その他)

 Lifehack.jpの管理人でありMoleskineやevernoteの筋でも有名な堀氏が共著。そんなことは全く知らずに手にとった。研究者だとは知ってたけど、JAMSTECだったのね。

 美しい写真が主体。雲好きなので、それが目当てだった。目を通すのに時間はかからない。それでも、最近の気象や地球環境についての先端研究が極地で行われていることの意味や、その活動内容について概説されているので、単なるアルバムというだけでは終わらない。

ぼくがジョブズに教えたこと――「才能」が集まる会社をつくる51条 単行本 ノーラン・ブッシュネル (著), ジーン・ストーン (著), 井口 耕二 (翻訳)

 正直、イマイチだった。その後、本書のことを知った千夜千冊サイトも読んでみたけど、そんなに詳しく掘り下げてるわけでもなく、なぜ正剛さんが取り上げたのかよく分からない。経営者目線だと受け取り方が違ってくるのか?そうでない自分にはあまり役に立たないということなのかな?雇われる側としても参考になる部分はもちろんあったけど。

 この本を読む限りでは、著者はよほどの性善説なのか、それとも器の大きなリーダーというのは、そういう次元を超越したものなのか。極言すれば、利用できるものは何でも利用する、ということでもあるし、適材適所、ということでもあるのだろうけど。

 それにしても、何でアメリカのこの手の本は、文章のフォーマットが同じなんだろう。それが完成された形式だからなのか?


2014年7月20日日曜日

ルポ 終わらない戦争―イラク戦争後の中東 別府 正一郎 (著)

 もう10年ばかり、アレッポの石鹸を愛用しているというだけの理由でシリア情勢に興味があり、それで本書を手にとったのだが、内容としては中近東各国における現地ルポ。
 どれだけ非道な行為が行われているかということを伝えるのが主眼ではなく、イスラム圏内の宗派争いが、どのように影響し合って泥沼化しているかについて、歴史的な経緯の概説を交えながら現地取材の様子と共に教えてくれる本。
 イスラム教におけるシーア派とかスンニ派って、よく聞く言葉なんだけど、きちんと区別も整理もできていなかったので、本書はよいガイド役になってくれた。こういうのって、きれいに整理して系統立てて語られてもあまりピンと来ないもので、それよりも、本書のような本を読んで、各国における勢力の変遷や隆盛をメモしながら追っていった方が、アタマに残ってくれるようだ。

 それで知ったのだけど、シーア派とスンニ派の勢力バランスというのは、植民地時代の英仏によって種がまかれていたとのことで、アイルランドでカトリックとプロテスタントとの対立を煽ったイギリスの分断統治の手法と一緒。アメリカの身勝手な援助や取りやめが状況の混乱を加速していることは事実なんだろうだけど、両派の対立の根本的な構図が他国の思惑によって画策、構造化されていたというのは悲しいことだ。当事者達はそのことを受け入れないかも知れないが。

 バアス党というのがかつてのフセインの支持母体であり、今のアサドの支持母体でもあるということなのだが、これはイスラムの中ではかなり世俗的な立ち位置であり、だからこそ、イラクは中東の中でも珍しい、開明的なイスラム国家と成り得たらしい。それがフセイン政権が倒され、民主的な政府のとやらが樹立して以降、国は割れてしまった。
 「昔は、フセイン大統領に忠誠を誓わされ、自由にものを言えなかったが、それでもまだ、曲がりなりにもイラクはひとつだった。今の分裂状態はもっと悪いのではないか(P57)」

 今や年間で10兆円規模のビジネスとなったPMC(民間軍事会社)についても1章が割かれている。PS3のゲーム、MGS4(メタルギアソリッド)の冒頭で語られるモノローグがどんどんリアリティを帯びてきている、曰く、

戦争は変わった。

時代は抑止から制御へと移行し、大量破壊兵器によるカタストロフは回避された。
そして戦場の制御は、歴史のコントロールをも可能にした。

戦争は変わった。

戦場が制御管理されたとき、戦争は普遍のものとなった。


 メタルギアシリーズは、日本の何かを、アメリカの姿を借りたメタファーとしてやっているのかと思っていたのだけど、とんでもない、世界の未来予想像を直球のどストライクで描いていたのだ。MGS4のオープニングは中東のどこかで起こっている紛争地域から始まるのだが、それは本書で描かれている光景にとても似ているのだろう。

逆境を乗り越える技術 (ワニブックスPLUS新書) 佐藤 優 (著), 石川 知裕 (著)

 帯の文句通り「精神論ではなくリアルな技術」満載。対談本なので読みやすいが、対談者が両方ともかなり高レベルの逆境に陥った当事者なので、話にリアリティがある。例えば「(支持者に)お金を頼みにいくのは、ものすごいストレス(中略)『やっぱり断られるかも』とか『下手するとお金はおろか支持をも失うかもしれない』など、悪いことを考えてしまいがちです(P145)」など。本当に逆境に陥ってから本書を読むと、「逆境に追い込まれたら、絶対環境を変える必要があります(P75)」などの文章に過剰にすがり過ぎてしまう恐れがあるので、平常時に読んでおいた方がいいかも知れない。

 個人的にもっとも響いたのは「(手で)書くことが大切」というもの。
 溜め込まずに、まずは書きだしてみることが精神衛生上もよろしい、という記述は色んな本や記事で散見してきたけど、本書ではもう一歩踏み込んで「クラウドは危ない。何でもクラウドに預けてしまうと自分で覚えない」とまで言っている。何でも預けちゃう傾向が強い自分には突き刺さりました。攻殻機動隊で「記憶の外部化を可能にした時、あなたたちはその意味を、もっと真剣に考えるべきだった」という人形使いのセリフも思い出されるな。

【目次】
第一部 逆境を生きる──陥ってしまったら

その一 うつ病とのつきあい方
うつ病と自殺/人にはそれぞれのキャパシティがある/佐藤優も五月病に悩んだ/うつ病脱出の完全成功ストーリーはないetc.

その二 組織や上司とは戦うな
組織には勝てない/対組織なら 局地戦 しかない/上司には逆らうな

その三 落ち着いて考えよ
書くことは大切/短気はダメ。ときの流れというものがある

その四 プライドにしがみつくと破滅する
プライドは捨てよ/目立たない生きかたは大切

その五 人こそは宝なり
「縁の深まる人」と「離れていく人」/荒っぽい捜査、その背景と影響

その六 譲ってはならないことを見極める
絶対に罪を認めない理由と政界の実態/説明はダメ、嘘もダメ/罪が重いほうが公民権回復が早い?etc.

特別編 逮捕されるということ

第二部 平時──逆境に備え、やっておくべきこと

その一 あらかじめ考えておきたいこと
人生の組み立て方を再考せよ/「五〇歳」はチェック・ポイント/これからも食える資格、食えなくなる資格/最恐の二極化etc.

その二 やはりお金は軽視できない
お金は大切/自分の値段/クビになったら

その三 国家は遠い存在ではない
国家と人の生命/「言語」というもの/インテリジェンス的ウクライナ情勢予測/ウクライナ新政府の正体/社会情勢は知っておかねばならないetc.

その四 いまだからこそマルクスが役に立つ
いまの経済状況の理解にはマル経が必須/給料はなぜ上がらないのか/中間組織とファシズム

その五 何を学んでおくか?
古典は学びの宝庫/上手な勉強の仕方/小説は学べる/生き残りのための読書/社会人になって学ぶ意味

その六 やはり持つべきものは 友達

そもそも友達とは?/自分も相手も負担にならない会合/人間関係に利害が絡むと……/最後は友達力etc.


雲の図鑑 (ベスト新書) 岩槻 秀明 (著)

 高校の頃から空を見るのが好きなのだが、雲の生成過程や、雲の形によって空がどんな状態なのかを推測するという知識が全然なかった。そこで、複数の本を比較してみたところ、本書が一番よいと感じた。なお、選定基準として、持ち歩きができて、いつでもすぐに目の前の雲がどんな雲なのかを調べることができる、というのがあったことを付け加えておこう。

 種類やその生成過程や構造についてはそれほど詳しく解説をしているわけではなく、具体的な形状の雲についての解説がほとんど。音訓が激しく入り混じる雲の呼び方一つ一つに読み仮名がついていたり、ハンディな新書版なので、外出時に使いやすいというのが好印象だった。また、巻末の方では雲以外に風や雷などの他の自然現象についても軽く触れられているのも、自分には興味深かった。

2014年6月15日日曜日

「知的野蛮人」になるための本棚 (PHP文庫) 佐藤 優 (著)

・「千夜千冊」的な、本読みのためのリファレンス本を目指したとのことで、使いではありそう。「啓蒙の弁証法」という難解なフランクフルト学派の哲学書が入っている辺り、なかなか侮れないセレクションになっている。ちなみに、この著者が各書でよく言及するハーバーマスもこの学派の流れ。

・本書の読みどころは、色々なテーマについての本の紹介よりも、対談形式になっている「文庫版特別講義」かも知れない。相手を務めている小峯隆生氏はかつて週刊プレイボーイの編集者をやってた人で、J.キャメロンの知己を得てシュワルツネッガーの「ターミネーター2」や「トゥルーライズ」にもチョイ役で出演した編集者。まだ健在だったんだな。対談の中で、いきなり他社の「読書の技法」についての話題を出している辺りが尋常じゃない。さすがと言ったところか。そして、著者自身から「『読書の技法』は出世したい人のため、『人に強くなる極意』は会社で楽しくやっていきたい人のためで、本書は前者と同じグループ」との言葉を引き出してるのが面白い。番宣ならぬ「本」宣?

・ちなみに「読書の技法」では、基本書は3冊読む(意見が分かれた時多数決を取るために)とのことだったが、本書では1テーマにつき2冊という構成だったのが残念。

2014年5月18日日曜日

転換期の日本へ―「パックス・アメリカーナ」か「パックス・アジア」か (NHK出版新書 423) ジョン・W・ダワー (著), ガバン・マコーマック (著)

 尖閣の問題については、某元都知事の言動には眉をひそめるが、自分たち日本に落ち度はなく、経済成長で調子にのった中国がイチャモンをつけてきていると思ってた。従軍慰安婦問題については、戦後、日本がずっと援助などの形で埋め合わせをしてきたのに、それには触れずに、一方的な被害者としてのシュプレヒコールだけをヒステリックに世界中に喧伝している、そう苦々しく思っていた。しかし、本書を読んで、自分にも日本のフィルターがかかっているのだと認識させられた。世界が見ている視座とは隔たりがあるのかも知れないということに気づいただけでも、本書を読んだ価値があったと思う。

 北朝鮮についても、その独裁体制や周辺諸国に対する恫喝的外交は容認できるものではないが、彼らが現在のような被害妄想がかった思考を持つに至ったのは、朝鮮戦争において、国連軍の旗を掲げたアメリカ軍に、太平洋戦争の時に日本に投下した以上の爆弾で徹底的にやられたことに起因する。また、今の曖昧な境界については、サンフランシスコ講和において、中国や韓国を除いた戦勝国と日本との間で締結されたもので、そこでは尖閣や竹島の領有権について「注意深く」曖昧なままに設定されており、火種を残すことによってアジアの連携に楔を打ち込んでおきたいアメリカの陰謀的な意図があったと、著者達は豊富な資料を根拠に主張している。

 沖縄についての記述でも蒙を啓かれた。戦中は言うに及ばず、戦後でもどれだけ日本政府に不当な負担を強要されてきたか。そこで蓄積している思いがあり、それが一触即発に近い形にまで膨れ上がっていると、佐藤優さんの文章で読んではいたけど、正直に言うと、危機感をあおるために誇張が入っていると感じていた。しかし、本書を読むと、それが決して誇張などではないことが分かってくる。

 本書のトータルな印象としては、敗戦国日本がアメリカから押し付けられた状況の不条理さに対して理解を示しながらも、行き過ぎた忖度というか従属根性については厳しく指摘し、また、アメリカに対する卑屈な姿勢に対してアジア諸国に対する上から目線な態度も意味不明だし、沖縄に対する扱いもおかしいでしょ、というスタンス。総じてリベラルであり、中立的でバランスよいと感じた。日本における愛国がアメリカへの従属が倒錯している(P249)とのご指摘はごもっとも、と感じた。

 その場をやり過ごすだけだったり、ごまかすためのダブルスタンダードは、いずれ破綻する。だからこそ、敗戦について、ちゃんした総括を日本人である我々自身が行わねばならなかった。それを、ジャイアンなアメリカが「許してやれよー、何だよ、俺が許すって言ってるのに文句あんのかよー」と周りに言ってくれたため、その背後で舌を出すような精神的態度を選んでしまったのが、この国の戦後なのだろうか。これはなかなかに個人にとっても国家、民族にとっても重大なテーゼなのかも知れない。

【目次】
第1章 サンフランシスコ体制-その過去、現在、未来
1.サンフランシスコ体制の歪な起源
2.問題を孕む八つの遺産
  沖縄と「二つの日本」
  未解決の領土問題
  米軍基地
  再軍備
  「歴史問題」
  「核の傘」
  中国の日本の脱亜
  「従属的独立」
3.現在の不確実性
4.恐怖と希望

第2章 属国-問題は「辺境」にあり
1.サンフランシスコ体制が生んだ「根本的問題」
2.沖縄-ないがしろにされつづける民意
3.馬毛島-秘密裏に進む軍事基地計画
4.八重山諸島、与那国島-四つの難題
5.尖閣(釣魚)諸島問題-五つの論争点
6.辺境の島々と北朝鮮-「正常化」交渉の挫折と核実験
7.「辺境」は「中心」へ

第3章 対談 東アジアの現在を歴史から考える
1.属国の代償
2.歴史問題論争-戦争の記憶と忘却
3.朝鮮半島問題-核と拉致をめぐって
4.改憲-揺らぐ反軍国主義の理想
5.領土紛争と東アジアのナショナリズム
6.台頭する中国のゆくえ
7.「パックス・アメリカーナ」か「パックス・アジア」か

ジビエを食べれば「害獣」は減るのか―野生動物問題を解くヒント 和田 一雄 (著)

・素人が雑感をエッセイ的に綴ったという印象(ここで言う「素人」とは文筆家として、という意味)。編集者がきちんとした仕事をしていないらしく、日本語のクオリティと構成のクオリティ両方が低い。タイトルにも偽りアリで、結局、「ジビエを食べれば害獣は減るのか」それとも減らないのか分からないし、そのテーマに対するまとまった言及は「あとがき」部でのみというお粗末さ。これ、2,400円も出して買うのは身内、関係者だけだろうな。あと、図書館と。

・とは言え、北海道のシカ問題の経緯や、自分の職場でも最近関係しつつあるアザラシ問題についての概要を把握できるのはよい。やっぱりシカの数を減らすにはオオカミ復活ですかね。「いたものを復活させる」から生態系的に問題はないという主張には賛同できる。しかし、かつて日本にオオカミがいた時、ヒトが襲われたことはないので大丈夫と言ってるが、本当?

【目次】
1部 陸の獣たち
 どうやって野生動物の被害を防ぐか
 ニホンザルの生態と保全
 憧れのユーラシアへ

2部 海の獣たち-鰭脚類の生活と保全
 オットセイの回遊調査
 漁業被害とは何だろう-ゼニガタアザラシから考える
 繁殖場のオットセイ
 トドの生活

2014年5月5日月曜日

崖っぷちからのはがき キャリー フィッシャー (著), 小沢 瑞穂 (翻訳)

 5月4日はSTAR WARSの日らしい。STAR WARSの決まり文句で「May the force be with you」というのがあるが、これを「May, the 4th be with you」とかけたわけだ。

 それにちなんでというわけでもないけど、レイア姫を演じたキャリー・フィッシャーの自伝的小説を読んだ。彼女は重度のドラッグ依存症で苦しんだらしいのだが、本書は更生施設での生活から始まり、更生するまでの生活について、トホホ感の漂う日々の会話やらちょっとした葛藤やらについて、力むことなく、しかもドラマチックに演出することもなく描いたもの。ハリウッドセレブのゴシップ的な内容も含んでるが、知らない人ばかり。本書では踏み込んだ描写がされているわけではないが、麻薬の幻惑感という点でP.K.ディックを思い出した。ちなみに、今では随分と絶版になってるんだな...。また、治療施設における依存症の人々の描写という点では吾妻ひでおの「失踪日記」に通じるブラックユーモアも。

 キャリー・フィッシャーって、日本だと杉田かおる辺りが似たような立ち位置になるんだろうか。STAR WARS関連のエピソードや人物は一切出てこない。この辺りは彼女なりの配慮なのか、実際に交流がなかったのか。ちなみに彼女が意外な役どころで出演していた「FAN BOYS」でのキャリー・フィッシャーはとてもステキだった。

 妙なプレミア感があるのか、amazonでの中古価格が高いけど、札幌市民なら市の図書館にあります。

2014年5月3日土曜日

プーチンの思考―「強いロシア」への選択 佐藤 親賢 (著)

 3月と4月は猛烈に忙しくて、全然本を読めなかった。このままだと今年の目標200冊は厳しいカモ…。

 プーチンについて、バランスよく解説している本を探していた。北野本(プーチン 最後の聖戦)も面白かったけど、意図的というか作者の芸風なのか、あまりにも文章表現がくだけたものである上に、若干のバイアスを感じるので、岩波の本ならそんなに強烈な偏りはないだろうと思ったのが本書購入の動機。 ・ソ連崩壊後、市場経済への移行を余儀なくされた状況下で、没落のモメントが強かったロシアを立て直したのは間違いなくプーチンの功績。その過程では強権的な言論抑圧を行い、元KGBという出自もあって冷酷なイメージが強いプーチンだが、単なる権力志向の強い独裁者ということではないようだ。古き良きソ連を懐かしむ保守派への目配せを忘れず、それどころか、そこに自分の立脚点を置いて大事にしながら、改革の必要性も理解して、バランスを取りながら舵取りをしてきた、というのが著者の視点。地方の行政官だった時からクレムリンに呼ばれ、傀儡の依代としてエリツィンから禅譲を受けたが、それからはバックにいた連中を上手に処理し、経済界も強攻策を用いて制御下に置いたという辺りの経緯については北野本とも共通しているので、実際そうだったということなのだろう。

 かつてに比べると支持率も下がり、皮肉にもプーチンの政策によって拡大した中間層の支持が、よりリベラルな方向に向きつつあるらしい。そうだとしたら、国のリーダーとは何と孤独なものなのだろう。もちろん、周辺には真の理解者、協力者もいるだろうが、自分がそのために尽くしている対象からそっぽを向かれるのは切ないことだろう。もちろん、国民とはそういうものだということも分かった上で務めているのだろうし、そういう人にとって国家と国民は必ずしも同義ではないのだろうが。

 佐藤優さんは、地政学的な理由からも日ロの親交を深めるのは今が好機ということを主張しているようだが、北大スラ研の木村汎先生なんかは、プーチン政権はたそがれ時で、これから凋落だからあまり交渉を進めない方がいいなんて文章を昨年(2013年)の6月に出している。今ではもう記事が読めなくなってるので、個人的スクラップブックのリンクを掲載しておく

 独裁と民主主義ということでは「銀河英雄伝説」を避けて通ることはできないわけで(笑)、作者の田中芳樹さんもプーチンには注目しているらしいのだが、これも記事が読めなくなってるので、スクラップブックのリンクをどうぞ

2014年2月22日土曜日

うな丼の未来 ウナギの持続的利用は可能か [単行本(ソフトカバー)] 塚本勝巳 (著), 海部健三 (著), 鷲谷いづみ (著), 勝川俊雄 (著), 田中栄次 (著), 黒木真理 (著), 田中秀樹 (著), 東アジア鰻資源協議会 日本支部 (編集)

 小さい頃から魚が食べられない。強制的な矯正措置は取られたが、嘔吐してしまうぐらいだったので、結局食べられないまま今に至っている。ただ、魚介類が全くダメかと言うと、特殊な例外がある。例えばカマボコや魚卵系は大丈夫だし、タコ、イカもOKで、エビ・カニは苦手だが、食べられなくはない。また、これは北海道に来てからだが、刺し身は、所謂「光物」以外は結構食べられるようになった。加えて、ウニ、牡蠣は大好物になった。さらに、鮎とししゃももOK。これまでに、この嗜好の傾向を理解してくれた人は皆無である。
 ウナギも自分にとっては言わば「こっち側」。関西風だと生臭くてダメだが、関東風ならOKで、しかも、すこぶる好物の部類に入る。ウナギは家内の大好物でもあるのだが、今や絶滅危惧種に指定されており、どんどん減少していく流通量とどんどん高騰していく価格に心を痛めていたところで本書の存在を知った。
 ウナギは、その生態が謎に包まれているとのことで、養殖も難しいらしい。稚魚に何を食わせると健やかに成長するのかというのも解明されてはいない。本書で報告されている例では、サメの卵を粉末にしたものがOKらしいが、それもある時期までの話で、その段階を過ぎて成長すると食べなくなってしまうらしく、難しいようだ。

 本書は学際的なシンポジウムでの発表や討議内容をまとめたもの。この手の報告というのは大抵面白くなくて、環境省や水産庁など、官公庁も参加したものとなると、さらに面白くないことが多い。しかし、本書は面白かった。これは「うな丼」が皆の念頭にあるからじゃないだろうか、タイトルも「うなぎの未来」ではなくて「うな丼の未来」というところがキモだ。「うな丼が食べられなくなるかも」という危機感はリアルで切実なのであって、それがこのシンポジウムを面白くしたものと思われる。水産系の学者、環境系の学者にはじまり、蒲焼協会やら鰻協会の人、マスコミ関係者まで巻き込んでの討議は、ウナギをとり巻く多様な立場の人たちの意見を一望できて興味深い。
 自分が最も共感したのは「安いウナギではなく、ちゃんとお金を払って、職人が調理するうなぎを、ご馳走として食べてください」という全国鰻蒲焼商組合連合会(全蒲連)の発言だ。
 今や、吉野家が¥1,000以下でうな丼を扱ったりしているが、これは悪しき資本主義の行進なのであって、日本のうな丼文化を蹂躙することに直結するだろう。再びの引用だが、「はじめてのマルクス」で佐藤優が「経済合理性に反する行為をあえてする(P113)」と言っているのを、自分の具体的な行動の指針としてよいのではないか。タレでそれっぽさを演出しただけの、東南アジアの工場からの加工食品を乗せただけのうな丼を安価でいつでも食べられることと、お店で職人が作ってくれる本物のちゃんとしたうな丼を1年に2〜3回、奮発して食べられることと、どちらが幸せだろうか。

2014年2月15日土曜日

問答有用―中国改革派19人に聞く 吉岡 桂子 (著)

・中国の体制側にいる人や体制の反対側にいる人たち19人へのインタビュー集。中国にも、ちゃんと事態を冷静に見て、考えて、発信する人がいるという、当たり前のことを伝えてくれる本。昨今の報道にノせられて、中国の反日攻勢に辟易していた自分には、そんな当たり前のことでも貴重な視点だった。
 考えてみれば「中国で大規模な反日デモがあった」というのはニュースとして報道しやすいが、そんな反日デモを、体制側の結構な地位にいる人が憂慮を表明したところで、それがニュースとして報道されるわけではない。結果として、ネガティヴでセンセーショナルな出来事だけがニュースとして報道され、それに接している我々の視点も、バイアスがかかってきてしまう。本書を読むことによって、そんなバイアスを確認できたのは幸いだったが、読まなかったら、バイアスがかかったままだったんだろうな。

折れそうな心の鍛え方 (幻冬舎新書) 日垣 隆 (著)

・ガッキィこと日垣隆は、陰湿な自己顕示欲が文章の端々に感じられることがある。ネットではそのエキセントリックな言動のせいで色々と叩かれてるみたいだが、一方では小飼弾氏のように高く評価している人もいる。自分的には、自分の中にもあるトホホな成分を彼の文章から強く感じてて、以前はそれが鼻についてイヤだったが、最近は少し親近感を持って眺められるようになった。

・本書はガッキィさんがウツ病にかかった時の経験をもとに、心を回復させる考え方やら具体的な方策、果ては「泣くための」映画ガイドまでついているという、なかなかにごった煮な構成。自分が興味を持ったのは、決して、現在、心が折れそうな精神状況だからということではなく(笑)、ライフハック的なアイディアが散見され、その中には、佐藤優さんの本にも通じるものがあったりしたからだ。いわく「ちょっと難しい課題を引き受けて『自分の器』を大きくする(P104)」のように。また、「これまで楽しかったことが楽しくなくなってきたら鬱病の兆候」とあったが、これは、自分が何度も読み返しているD.アレンのGTD本でも言及されていることと通底してたりする。ただし、マスター・アレンのそれは鬱病云々ということではなかったが。

・ちょっと自分が疲れてるな、という時にパラパラめくって、気になった箇所だけを読んでみると、よいヒントになりそう。ちなみに、ほぼ日手帳のユーザーであることと、巻末の映画リストに「ギャラクシー・クエスト」が入っていたのが自分的には高ポイントだった。

・脱線するけど、ギャラクシー・クエストはスター・トレックのパロディ映画。でも、単なるパロディではないんだな。残念感満載なスター・トレック風テレビ番組「ギャラクシー・クエスト」。熱狂的なファンに支えられてはいるけど、その数も決して多いわけではなく、地方ドサ回りのファンイベントをモチベーション低くこなしているキャストの皆さん。その番組の電波をはるか彼方の宇宙でキャッチして、本当の話だと信じて感涙にむせび泣いている宇宙人がいた!...というお話しなんだけど、何か、おバカっぽくてワクワクしない?いや、実際、途中までは悪ノリにも近いおバカっぽさで笑っちゃうんだけど、気づくと、最後には何と泣いてる自分がいるのさ!ガッキィさんのみならず僕もオススメします。amazonのレビュー見ても分かります。

2014年2月13日木曜日

本当に役に立つ「汚染地図」 (集英社新書) 沢野 伸浩 (著)

【ノート】
・タイトルとしては「汚染地図」を掲げているので、GIS入門書的な内容を本書に期待する人は少ないだろう。でも、実は本書は入門書的な性格を多分に持っていて、GISの基礎知識を吸収/再確認できるし、幾つかの基本的な分析手法についてのちょっとした概説もあったりする。「入門書」と言うと、背景やら歴史やら用語の解説が書かれおり、手っ取り早く、対象についての概要や活用例を知りたい時にはまわりくどい。だからと言って、基礎知識がなければ、事例集や応用例を見ても理解できないだろう。本書は、その両者を概観的に新書のボリューム内でカバーしている。どちらも中途半端なのだが、結果として、GISをについて詳しくない読者が、GISの活用シーンについての大雑把な展望を得ることができるような構成になっている。そんなわけで、GISを既に使っている人にとっては色々と中途半端な本なのだが、狙ってなのか結果オーライなのか、GISに詳しくない初心者にとってはちょうどいい構成に仕上がっているように思える。

・本書の構成は、福島の原発事故を中心に、著者が携わってきた事例について、GISを軸に概説しながら紹介するという体裁をとっている。結果として、本書は3つほどの重心を持つことになった。つまり
 1)GISについての概説
 2)簡単な分析手法の紹介とその現場のチラ見せ
 3)GISを活用していく提言

・雑誌の書評で本書が取り上げられており、「GISというツールを使い」と書かれてて、そんなド直球な名前のGISツールがあるのかと興味を持ったのが本書を読もうと思ったきっかけ。結局、書評者がGISについて知らなかったというオチだったようだけど。

・ちなみに、本書内で紹介されているツールは2つだけで、gvSIGとqgis。ArcGISという、デファクトスタンダードなGISソフトの影がチラチラと垣間見えるが、「高価なソフトでは1時間ほどかかる1万個のポリゴンディゾルブがgvGISでは10秒でできてしまう」なんて書き方からすると、OSS推しというのが著者のスタンスらしい。最初の取っかかりに少し馴れが必要なのは、高価なGISソフトでもOSSなGISソフトでも変わらないのだから、まずはOSSを触ってみるというのはアリでしょ。ちなみに、データさえ作れれば、GoogleMapやGoogleEarth、そして、我らが国土地理院の「電子国土Web. NEXT」なんかでも、結構なことはできるものです。

2014年2月11日火曜日

独裁者のためのハンドブック [単行本] ブルース・ブエノ・デ・メスキータ (著), アラスター・スミス (著), 四本健二 (翻訳), 浅野宜之 (翻訳)

・タイトルからすると、人を支配するためのノウハウが書かれている本かと思うが、内容としては、政治的権力者の内在的理論について分析した本。  例えば、自然災害などによる世界からの善意の義援金などは独裁国家にとっては格好のたかり対象。あえて国民を救出せず、その救出を名目に援助金を釣り上げる。この手口は開発援助でも使いまわされる。民衆に届くことはなく、援助する側も実はそのことを把握しているが、独裁者が自分たちの意向に沿う政策を取っている限り、別に構わないというスタンスだったりする。そして、そんな「援助する側」の姿勢は、我々の姿の反映でもあるってところを忘れちゃいけない。「我々は西アフリカや中東の本当の変化よりも、安い価格の原油を求めているのである。したがって我々は、リーダーが我々の希望することがらを実行しようとするのに対して、不満を言うべきではない。これはつまるところ、民主主義とはこのようなものだ、ということを示している。 (P254)」
・独裁者は、少数の「かけがえのない盟友(他にもっとしっくりくる日本語はないのかな?)」に、ケチることなくおいしい思いを保障しておくことがポイント、という基本構造が一貫して主張されている。そして、この「かけがえのない盟友」という支持基盤が少数の取り巻きというレベルではなく、多数になればなるほど、構造的に民主主義に寄っていくことになる。民主的社会であれば「独裁者」ではなく「リーダー」と呼び名が変わるが、抽象した構造は、実は似通っている。また、オリンピック委員会やFIFAなんかも「独裁者と少数の盟友」によって運営されている組織として引き合いに出されている。
・実際の独裁者のエピソードを例として解説されていて、面白く読める箇所もあるんだけど、訳が少し読みづらくて、自分にとっては読み通すのがキツかった。ちなみに、独裁者のためのルールは以下の5条だそうです。
・ルール1 盟友集団は、できるだけ小さくせよ ・ルール2 名目上の集団は、できるだけ大きくせよ ・ルール3 歳入をコントロールせよ ・ルール4 盟友には、忠誠を保つに足る分だけ見返りを与えよ ・ルール5 庶民の暮らしをよくするために、盟友の分け前をピンハネするな (P69)

政府は必ず嘘をつく (角川SSC新書) 堤 未果 (著)

 たまたま大丸の三省堂書店に、佐藤優と並んで本書が平積みされていたのが目に止まった。堤未果は岩波新書の「貧困大国アメリカ」シリーズを面白く、と言うか、空恐ろしく読んだ。本書でも主たる対象はアメリカなのだが、一国というよりも、その背後にあるグローバリズムを推し進める「1%」陣営を意識した記述となっている。

 「財界の思惑に押された政府やマスコミ、自由貿易推進者たちは、数十年前からずっと同じことを言って国民を欺いてきました。海外から安い製品が山のように入ってくる、支払額が減って皆ハッピーだろう?と。ですが彼らは、その安価が連れてくるもうひとつのコスト、この国の経済を根底から破壊するもうひとつの高いコストについては決して言及しないのです。(P78)」 その「高いコスト」とは、分かりやすく言えば「国内産業の空洞化」だ。円高の時に流行したこの言葉、最近ではめっきり耳にする機会が減ったが、それはもう空洞化がかなり進行してしまったからなのかも知れない。札幌の狸小路ではシャッターが降りたままの店が増えていっている。昔からあった古参の本屋が店じまいをする。これは随分と地域の卑近な例ではあるけれども、通底しているものは同根だろう。「便利だから」「安いから」というだけで近所のお店や産業が倒れていってもいいのか。ちなみに、ある友人は、「それはもう仕方ないよ、もう止められないもん」と即答した。だが、「ブタとおっちゃん」を読んだ時にも感じた時のように、そこを自分たちの選択で変えていけないのだろうか。それは例えば、可能なかぎり、amazonでなくて紀ノ国屋で買う、あるいは札幌なら玉光堂で買う。吉野家で300円で済む昼食を、定食屋の680円のものにする、というような感じで。これは「はじめてのマルクス」で佐藤優が「経済合理性に反する行為をあえてする」と言っていたのと通じる。

 カダフィ時代のリビアでは国民は電気料金の請求書など見たことがなく、アフリカで最も高い生活水準を誇っていた。にも関わらず西側メディアは歪んだカダフィの独裁政権像だけを流す。 「カダフィが残した功績は、あなた方が西側メディアから見聞きしたような、国民の犠牲の上に立つ専制君主国家ができることではありません。もちろん、他の国と同じように全く問題がないわけではなかったでしょう。ですが、外国の軍が上空から2万回もの爆撃を行うような軍事行動が、正当化されるような事態は一切なかった。リビアは、どんな行動も騒乱に結びつくことのない、珍しい国でした(P116)」というインタビューも掲載されている。ただし、この相手はリビア人ではないが。

 アルジャジーラもリビア報道については同じ歩調で、カダフィを追い込んだ。アルジャジーラに対しては、何となく信頼できるというイメージを持っていたけど、これも幻想だったらしい。「アルジャジーラの代表であるワダー・カンファー氏は、告発サイト『ウィキリークス』にかかってCIAの部下だったことを暴露されて辞任しています」  そして、アルジャジーラまでもが結託してカダフィを標的にした理由はフセインの時と酷似している。「リビアは144トンもの金を保有していました。カダフィはその金を原資に、ドルやユーロに対抗するアフリカとアラブの統一通貨・ディナの発行を計画していたのです。そこにはIMFや世界銀行の介入から自由になる<アフリカ通貨基金>と<アフリカ中央銀行>の創設も含まれていました。(P122)」

 政府やメディアからの情報は信用できない可能性が高いという前提で受け止め、「多角的に集めて比較し、過去を紐解き、自分自身で結論を出すこと(P212)」。これは押井守が「コミュニケーションは要らない」で最後の結論部で主張していることと同じだ。「ひとまず信じない」で判断を保留する。
 また、「政府」と言っても、その背後に誰がいるのか(陰謀論ではなく、圧力団体なりロビー活動を展開している組織は普通にいる)ということまで考えないと、なかなか自分なりの本当の結論に辿りつけないだろう。ヤン・ウェンリーが言った通り、民主主義とは面倒くさい。でも、その面倒くささが存在できていること自体が、民主主義の価値の一つだろう。

2014年2月2日日曜日

個人的なユニクロ主義 柳井 正 (著), 糸井 重里 (著)

 糸井重里はまえがきの中で、これまでのビジネス本は「常識の書」か「娯楽の書」だったと分析している(ちなみに本書の出版は2001年。この本が出版される2ヶ月ほど前にD.アレンのGTD本が出版されている)。この分析は、ビジネス本というのは読まれても実際に実践されることが少ないという批判的な解釈から出てきたもののように思える。その視線が出版する側に向けられているのか読む側に向けられているのかは分かりづらいけど、「『(「チーズはどこへ消えた?」を引き合いに出して)あのくらい丁寧にしないと、ものごとって、ほんとうに伝えることはできにくいんだなあ』と、このごろ考えているんです。 (P17)」という一文からすると、理解能力(あるいは実践能力?)の低い読者に対して向けられているのかも知れない。

 本書は、実践につながる、つまり、読者の腑に落ちるような「なまもの」の話をユニクロの柳井社長から聞き出すというもの。結果として、数多くあるビジネス書とは違った印象の対談本になっているが、煎じ詰めていくと、「覚悟を決めるのが大事」ということが語られているだけ。そんなわけで、読後感としては肩透かしをくらった感じで(ページ数も少ない)、全体の1割をまえがきに割いて、本書の立ち位置を強調したりしてたのに、何だかなあ、と最初は思った。

 でも、そこで少し考えてみた。

 大量のビジネス本で方法論やらTipsやらが開陳されているが、それを実践に移せない最大の壁は何だろう?それは「他人事」ということになるのではないか。「他人事」とは、例えば柳井さんは自分にはマネのできない努力家だった、孫正義氏は若い時から頭がよくて自分なんかとは違う行動力を持っていた…。つまり、「あの人たちと自分は違う」と思考停止してしまうということなのではないか。そして、本書が伝えようとしているのは、そうではない、ということなのだ。
 だから本書では、将来の目的もなくダラダラと麻雀なんかをやって暇つぶしをしていた柳井さんや糸井さんの学生時代の話が妙な力点を持って語られているのだ(お二人は1歳違いの同世代)。昔から目的意識を持ってバリバリ合目的にやってたわけではない、自分たちと変わることのない、大勢の中の一人だったということからのスタートだということが強調されているのだ。そして組織論だとか交渉術、マネジメント論やマーケティング論などに言及するのではなく、それらの源泉は「この職業で一生やらないといけないという覚悟(P107)」から発しているだけだというのが、本書のコアなのだ。
 「覚悟してやりさえすれば、みんなけっこういい線いくんじゃないかと思いますけれどもね。(P107)」というのは、サラッと読むとテキトーな放言のように思えるが、これは柳井さんの、きっと本音なのだ。そして、このことは、糸井さんが同年7月に出版した「インターネット的(PHP新書)」で言及していた「立候補する」、つまり、大変になるのを「覚悟」の上で当事者として状況に関わっていく、ということと通じている。だからこそ、糸井さんはほぼ日ブックスのローンチタイトルをこの本にしたんじゃないかなと感じた。

 サラリと読めるんだけど、色々と能動的に考えるきっかけを与えてくれた本だった。

ブタとおっちゃん 山地としてる (著)

・香川県のある養豚家を撮影したモノクロの写真集。一度は見てみてほしい。家畜として飼育されてるブタとおっちゃんの、家族のような生活を。

・養豚場だから最後は食べちゃうんだよね。そのために育ててる。でも、何なんだろう、この、写真から伝わってくるブタとおっちゃんの関係っていうのは。実は、読んでいる間、ずっと身構えてた。結局、食肉なんだから、どこかで屠殺などの写真が出てくるんじゃないかと。でも、最初から最後まで、徹頭徹尾、幸せそうなブタとおっちゃんの写真ばかりだった。

・これは「銀の匙」よりも心に残る。最近はグローバリズム侵食による農業の恐るべき効率化が進んでて、家畜も生物としてではなく工業製品のような管理をされるようになっている(この辺りは堤未果の「(株)貧困大国アメリカ」に詳しい)。これがなければ牛丼1杯280円なんて無理。だからと言って、それでいいのか?という気持ちも最近は強い。倍の値段でもいいから、効率至上主義じゃない酪農家さんが育てた牛の牛丼を食べようというのもアリなんじゃないだろうか。でも、そんな気持ちになった時、そんな牛肉を提供できる酪農家さんは絶滅しているかも知れない。もしかしたら、この写真集に描かれているような生産者は世界中のどこからも駆逐されているのかも知れない。10年後、この写真集は、家畜の飼育として、あり得ない奇跡の記録になっているかも知れない。

・なお、この「おっちゃん」は体調を崩して、もう養豚場をたたんだらしい。

2014年1月25日土曜日

考具 ―考えるための道具、持っていますか? 加藤 昌治 (著)

【要約】
・脳を動かすための助走として、まずは手を動かす。そのためのツールが、考えるための道具ということで「考具」。

【ノート】
・「考具」というタイトルから期待したのは、文房具屋ガジェットを中心としたツールの紹介と使いこなし術。その意味では少し肩透かしをくらった感じ。企画業向けに、アイデアや企画ということの中心概念を明らかにしながら、それに寄り添う考え方やちょっとしたツール、及びその使い方についての工夫が書かれているという構成だった。

・もし、GTDの関連本やサイトに触れたことがなく、マインドマップやマンダラートも知らないという人であれば、本書を読んで得るところがあるだろう。しかし、既知であれば、本書を読む意義はあまりないと思う。その意味で、自分的にはあまり得るところがなかったが、それでも初見だったのは「カラーバス」という考え方。街を歩くときに色を決めておき、その色のものを見つけていくという、ちょっとしたゲーム感覚の観察法。実際はそれぞれの職業に応じた視点で、風景や町並みを観察するというのはやっているものだが、その基準を「色」だとか「形」というようなものにしてみる、というのはやらないものだ。今度、実際にやってみよう。

・筆者は博報堂勤務とのことだが、広告代理店の人間は、こういう文章がフォーマットなのだろうか?糸井重里臭が至るところから漂ってくる。これは先日読了した天野祐吉の本でも少し感じたので、業界特有の匂いなのかも知れない。それは、よく言えば、日本語のことを考え抜くポジションの職業の人たちが、分かりやすい文章を考えた時、必然的にたどり着く文体であるということなのかも知れない。


※ド直球のマインドマップ入門本よりも、「読書術」の方が使い方のイメージが分かりやすい。

2014年1月14日火曜日

子猫と権力と×××~あなたの弱点を発表します 五百田 達成 (著), 堀田 秀吾 (著)

・ハズレだった。「(自分が)弱いとは、なんだかよく分からないけど、心が動かされてしまうこと」。この一文が「はじめに」に書かれており、それを掘り下げていくのかという期待で読み進めてみた。ハンディでキャッチーな事例ごとに数ページ。各事例毎に処方箋的なことが書かれているが、それがあまりにも表面的でガッカリ。

・自分的には「他人の収入が気になる人」という事例に期待したのだが、その回答が「人は人、自分は自分(P44)」って、ちょっと安易じゃないか。結局、「はじめに」に書かれている一文が本書のコアであり、それをきっかけに自分で考えて掘り下げていく方がよほど有用だろう。ただし、そういう解きほぐしには、いわゆるライフハック系の考え方に多少なりとも馴染んでおいた方がいい。

2014年1月12日日曜日

新書百冊 (新潮新書) 坪内 祐三 (著)

・引き続き読書ガイドだが、実はこういう「必読書◯◯選」みたいなものが昔から好きだ。中学の頃、OUTというサブカル雑誌に高千穂遙というSF作家が書いていたSFガイドが自分にとってのSF読みの始まりだった。そこで取り上げられていた本を読み進め、また、「初心者を卒業したらハヤカワ海外SFノベルズ」という一文が、高価なハードカーバー本に対する強烈な憧れをインプリントしたものだった。これは今でも拭い去ることができなくて、ハヤカワSFは文庫よりハードカバーこそが「通の証」という思い込みから逃れることができない。

・「新書365冊」に比べると本書は出版時期が2003年ということで3年早い。本書も「365」と同様、新書レーベルの創刊時の1冊。著者が自覚している通り「新書本のガイドブックのような体裁をとりながら、品切れ本や絶版本ばかりを紹介(P220)」しているので、実用性という点では「365」の方に軍配が上がる。しかし、本書では、思春期を中心とした著者の読書遍歴が、当時の状況や心境、興味の広がり方と共に語られており、しかもそれがとても正直で素直なので、好感と共感を持って読み進めていける。読書ガイドでありながら、読書をテーマにしたエッセイでもあり「365」とは少し趣旨が違う読書本だと言える、ちなみに「365」には本書が取り上げられており、「こんな本を書きたいと思っていた」と述べられている。なお、本書では人文、それも文学系統に対する比重が高く、それが今の自分の興味とは少し合わなかったのが少し残念。しかし、いつか重宝する時がくるだろう。

・清水幾多郎の「本はどう読むか」からの引用が特に印象深い。いわく、気になった本は、その時に読まなくても積ん読用に買っておくこと。また、読み方にはスピードが大事で、蕎麦と同じで一気に読んだほうがよい。「のどごしが大事」ということか。

新書365冊 (朝日新書) 宮崎 哲弥 (著)

・佐藤優の「読書の技法」を、読書法のみならず参考図書リストとしても重宝しているけど、いかんせん数が少ない。そんなわけで、本書を読んでみた。

・一言短評プラスアルファという程度の分量で、読むべき新書本がジャンル毎に紹介されている。365冊もあり、ジャンルも多岐にわたっているのから、自分が興味を持ち、読みたいと思う本が見つかる可能性は高いと思う。短評についても、概ね「いい感じ」で紹介されているという印象を持った。「いい感じ」とは、イデオロギーや自己顕示欲にまみれたフィルターがかかっていないということだ。ただし「概ね」だけど。巻末ではワースト本も紹介されており、かなりスバリと切り込んでいる。自分的にはそれなりに参考になった「人はなぜ逃げおくれるのか」が「無益有害」としてワースト本にリストアップされていた。

・本書で取り上げられている本は、ハッキリ言って読んでないものだらけ。自分の「読みたい本」リストには800冊以上の本が登録されているのだけど、それでも、本書の中で取り上げられている本とほとんど重複していない。

・この本の帯は「朝日新書創刊!」」となっており、時代を感じさせる(2006年)。この頃から新書ブームだったらしいのだが、どうやら冷めることもなく今も続いているような感じだ。ちなみに、成毛眞の「本は10冊同時に読め!」が2008年、小飼弾の「新書がベスト」が2010年。なお、この本の最後は、著者による以下のような言葉でくくられている。「新書というのは、世界にも稀な大衆啓蒙メディアで、こんなに気軽に、広範な知識に触れられる日本人は幸せだと思います(P360)」

2014年1月11日土曜日

野生のオーケストラが聴こえる―― サウンドスケープ生態学と音楽の起源 バーニー・クラウス (著), 伊達 淳 (翻訳)

【要約】
・生物や非生物が織りなす音像は、音楽的であり、その場所の生態系についての多くを示す。ここで「音楽的」というのは、そもそも人類が音楽を獲得したのは自然のサウンドスケープからという意味と、サウンドスケープの構成がオーケストラと似通っているからという意味の、2つの側面からである。

【ノート】
・世界はこんなに面白い音で満ちている、という博物的な内容を期待して読み始めたのだが、そうではなかった。確かに面白い音源の紹介はされているのだが(Webとの連動もあって興味深く聞ける)、本書の主眼は、生物による音場(バイオフォニー)と非生物による音場(ジオフォニー)によって構成されるサウンドスケープが音楽的であるということ。

・そのサウンドスケープが音楽的にどう評価できるかという分析が主眼というわけでもない。人類がバイオフォニーやジオフォニーから音楽を獲得したという仮説が人類学的な事例と共に紹介されている。この仮説は完全な証明には至っていないまでも、発想の逆転であり、新鮮に感じる。

・音像を周波数域で分析し、その豊かさによって、その土地の多様性を把握することができるというのも環境保全の観点から興味深いアプローチだった。まさに土地の声紋となるわけだ。人間が介入して環境汚染や生態系の破壊が行われた後に、音像の豊かさが明らかに減少していることを示す具体的なデータも提示されており、音像によって、写真以上にごまかしのきかないスナップショットを記録できるというのは、一度試してみたい手法だ。さらに、チェルノブイリでは、事故直後と現在とでは明らかにバイオフォニーの豊かさが復元しているという事例紹介もあった。これって「地球にとって人類こそが癌」ということでしょうか、東方不敗先生!?しかし「人類もまた地球の一部」だよね、ドモン・カッシュ!

・生き物たちが自分たちの周波数域にはまり込んでいくという「ニッチ理論」というのがある。それぞれの生き物は、それぞれの理由で、音によってそれぞれの周波数域を探って入り込んでいき、占有している。そして、それは人間の介入による音(アンソロフォニー)によって均衡を崩してしまう。思った以上に繊細であり、その繊細さというのが、単なるロマンチシズムではなく、生物種間の捕食行為に関連するからという説明も腑に落ちる。ただ、バイオフォニーとジオフォニーに対するアンソロフォニーの位置付けが排斥的な印象を受けた。両者が融合するとさらに面白いのではないかと思うのだが。

フェラーリを1000台売った男 榎本 修 (著)

・タイトル通りの本で、著者はフェラーリ購入者層の間ではちょっとした名物になってるフェラーリ専門店の店長さん。日本全体で流通しているフェラーリの台数が8000台ほどらしく、そのうちの1000台を扱ってるってのはすごいことらしく、「ひとりの営業マンが売ったフェラーリの台数として、世界ベスト3に入るだろう」とのこと。とは言っても、16年間で、のべ1000台ということであって、売った物が戻ってきて、それをまた販売してということもあるのだろうが、それでもすごいことらしい。

・知り合いの大学の先生(フェラーリ乗り)から借りて、サラリと1時間ほどで流し読み。各章毎に、著者の自伝とモデル別のフェラーリの購入ガイドという2部構成になっている。後者については全て読み飛ばしたので、実質の読了ページ数は半分ぐらいか。自伝は、著者のこれまでのお仕事経歴と、交流してきたフェラーリオーナーの横顔幾つか。生き様がカッコいいかつての上司の部長さんの話が印象的だった。最後のタクシー代1万円の話はジーンときた。それにしても、レゾンデートルなんてフレーズが出てきて、結構インテリ?(単にナイトメアのファンなのかも知れないけど)

2014年1月6日月曜日

次世代インターネットの経済学 (岩波新書) 依田 高典 (著)

・アテネ書房最終日の100円セールで購入。

・NTT東西の分割時や、その後のADSL、FTTHについての、競争を維持させるための議論や論拠について、経済学的な解説を織り込みながら解説している。NTTに対して厳しい意見が散見されるが、単なる批判ではなく、世界でも有数のブロードバンド先進国である日本として、今後、競争を続けながら力をつけていくために、という観点からの批判や提言だと著者自身が明言している。

・やはり経済に関する基礎知識がないと、本書で展開されている議論や提言の意味もイマイチピンとこないのだが、それでも、数字や式を我慢しながら追ってみることで、議論の具体的なステージがおぼろげながら見えてきたと思う。2011年の出版なので、本書で示されていた各指標の数値が今はどうなっているのかも調べてみたい。

・ただ、あまり本筋には関係ない「自分が、自分が」という記述が垣間見られたのが少し興ざめ。

リーダーの掟 ― プーチン絶賛の仕事術 飯島 勲(いいじま いさお) (著)

 飯島勲と言えば前年に北朝鮮を電撃訪問したりして、権力者の懐刀という印象がある人。
 「プーチン絶賛」に惹かれて読んでみたけど、ハッキリ言ってこれは煽りだった。
 仕事術という点でも、自分的には発見はなかったけど、調子が悪い時のツボについての講釈が、妙に説得力があったので、それだけを紹介したい。

 身体のツボは三つだけ覚えよ
 なるべく医者にかからなくてすむ方法はあるだろうか。
 例えば、腰痛に悩む人は、以下の方法を実践してみてはどうだろう。
 まず、サランラップを奥歯に挟み、風呂場で膝の裏に一分ほどお湯をかけるのだ。サランラップがなければ、割り箸を奥歯で咥えるのもいい。サランラップも割り箸もなければ、膝の裏にお湯をかけるだけでもいい。
 信じられないかもしれないが、私はこれで腰痛を治してきた、原理を説明すれば、腰痛に効くツボが膝の裏にある。ここにお湯をかけて血液の循環をよくする。「奥歯にものを挟む」理由は、腰痛の一因が、下の七番の奥(前歯から数えて七番目の歯)が低いために起きている場合が多いためだ。歯と膝裏と腰は、実は密接な関係があり、その部位に対処することで腰痛が改善されていく。七番の歯は、位置が高すぎても肩こりの要因となったり、横の歯とぶつかると耳鳴りや難聴が起きたり、手の小指に力が入らなくなる。
 口腔内についての健康法をいくつか紹介すると、前から数えて三番目にある「犬歯」が炎症を起こしやすい人は心筋梗塞になりやすくなる。これは歯周病菌が動脈硬化をもたらすために起こる現象だ。早めに治療をしてもらうのがいいが、日ごろから肩甲骨のあたりにお湯を一分ほどかけることで症状を緩和できるだろう。入れ歯をしている人は、脳梗塞を起こす危険性が高まる。夜中は入れ歯をしないために、噛み合わせが悪くなる。マウスピースを着用したほうがよいだろう。
 病気というものは、軽いものであればちょっとした工夫で治ってしまうこともある。私自身、全身のツボをうまく刺激することで体調管理をしてきた。無数にツボがあって大変だと考えてしまうが、基本的な原則を知れば、簡単に誰もが実践できる。
 指の押し方だが、まずゆっくり押す。ジーンと響きを感じたら10秒維持する。そして、ゆっくり離していく。これを時間の限り繰り返すとよい。
 ツボのある場所は、骨や関節のくぼみ、腱と腱の間、筋肉と筋肉の間にある。中でも重要なツボは三カ所だ。まずはここだけ覚えればいい。
 「百会」・・・頭の頂点にある。全体の体調の調整、うつ病などに効くが、とりわけ頭痛のときはここを押す。
 「肩井」・・・首の根本と肩先の真ん中にある。肩こり・頭痛によく効く。肩こりには、つま先立ちをしながら肩を上げたままの状態を五秒ほど維持し、その後一気に力を抜く。これは非常によく効く。
 「足三里」・・・膝を曲げたときに、しわができる。そこから数センチ下がったところにある。ここを押すことで全身の疲れ、脳梗塞予防、胃腸疲労の回復にもなり、免疫力も上昇する。
 さらにいくつか覚えておくと役に立つ技を挙げておく。
 首が回らなくなったときは、耳たぶを下に引くのがいい。さらに、耳たぶをマッサージすると不思議と首が回るようになる。寝違えも、耳の後ろあたりをマッサージするのがいい。そもそも寝違えは、食べすぎの後に起こりやすいので注意が必要だ。
 結局のところ、病気の予防には、正しい姿勢を保つことが一番いい。腕を四十五度に振り、背筋を伸ばして歩く。これが一番血行をよくし、病気を予防する。 (P81)

2014年1月4日土曜日

はじめてのマルクス 鎌倉 孝夫 (著), 佐藤 優 (著)

・「資本論」を実は読んだことがない。そんな自分にとって、資本論が今、どのようなポジションにあるのかを対談形式で分かりやすく示してくれる良書だった。「資本論」への興味も喚起された。

・かつてソ連が西側陣営の対立軸として存在していた時は、資本側も、革命だけはイヤなので「譲歩」して自重していたが、今はそのタガが外れている状態。最近だと、イスラムの世界が対立軸としての存在感を増してきているということになるのだろう。

・「協同組合的なところの農場でつくっているものがあるとしたら、少し高いけど、それを買うとか。経済合理性に反する行為をあえてすること(P113)」が変革につながるという辺りは分かりやすかった。例えば安くておいしいコメが入ってきても、高くても国産のコメを買うというようなことで、今の資本主義社会の因果関係によって記述される歯車のような存在で在りたくなければ、その因果律に従わないということも必要だろう。ちなみに、これは岩波ジュニア新書の「動物を守りたい君へ」でも提唱されていた。それは資本主義がどうこうという話ではなくて環境保護という視点からではあったが、それでも根っこにあるものは共通している。

・188ページで読了に2時間。巻末の参考文献リストはあんまり充実したものでない。ただ、岩波の軽座学小辞典や哲学小辞典の存在を思い出させてくれたことが収穫。ちなみにブックオフで調べたら、ビックリするほど安かった。哲学小辞典 経済学小辞典