2015年1月12日月曜日

報道されない中東の真実 動乱のシリア・アラブ世界の地殻変動 国枝昌樹 (著)

 本書は元在シリア大使による現地レポート。きちんと報道されない中東情勢について、現地にいた著者ならではのレポートを、できるだけ客観的な立場で記している。著者は、アサド政権を全面的に擁護するつもりはないと冒頭で明言しているが、結果としては、アサド政権を巡る報道が、いかに偏向しているかが自然と浮かび上がっている。

 本書では、恣意的な報道に対する冷静な検証が展開されているが、アサド政権のこれまでの歩みについても概観されており、その道程は、決して悪逆な専制国家のそれではなく、独裁政権ではありながらも、かなり開明的な側面があったことが知れてくる。なお、この辺りについては、青山浩之の「混迷するシリア」に詳しい。

 アサド政権を悪の専制国家として声高に糾弾する側には、どんな理屈があるのか?例えばアメリカは英仏などと共に、常にアサドの退陣を要求し続けてきたが、その背景は何かというのを知りたかったのだが、本書ではある程度の内情を示してくれている。大雑把に言ってしまえば、カタールとサウジアラビアが一番の黒幕なのだ。そして、そんな彼らにも、是非はともかくとして、自分達の国を守るための論理というのがある。このあたりの解説はとても参考になった。
 ただし、アメリカに追随するだけで、誠実な仲介者たろうとする姿勢を最初から放棄していたパン国連事務総長に対する著者の評価は無条件に厳しい。

 ところで本書では、こんな印象的な場面も紹介されている。
「(2014年)2月17日には現場での停戦が実現し、バビーラ地区では現場に入った国軍兵士や国民防衛隊の女性隊員らがその直前までテロリストだと叫んで生命を賭して戦っていた武装グループの兵士たちと握手し、談笑する光景まで見られた。(略)この停戦と和解の動きが報道されると、武装グループの上部団体幹部たちはわが目、わが耳を疑い、怒りを隠さなかった。現場の裏切りだとも言って非難した。(略)政府側ではこのような地域単位の停戦を積み重ね、次第に国民和解を実現していくことの意義を強調した。 (P178)」
 本書の表紙に使われているのは、この時の写真だ。この表情を見ていると、それまでの憎悪に満ちた戦闘が何だったんだという気がしてくるが、現場レベルでは、こういう停戦と和解が成り立ちつつあるというところに望みを見出したいものだ。

 シリアに対する国際協調(と言うより対米追従か)路線を歩んでいる日本政府ではあるが、現地外交官が、これほどの視点と識見を持っており、そして、それを本書のような形で世に出してくれたことに対して敬意と感謝の念を表したい。このような知見が、日本の中東に対する外交において有効に活用されたらいいのになあ。

【目次】
はしがき

[第一章 シリア問題の過去・現在・未来] 
●民衆蜂起第1幕――シリア全土に広がる抗議のデモ
●民衆蜂起第2幕――国際社会の介入と悪化する情勢
●民衆蜂起第3幕――窮地のシリア政府
●民衆蜂起第4幕――反転攻勢に出る政府

[第二章 反体制派、それぞれの思惑] 
●シリア軍――欧米諸国の支援と期待を背負う
●イスラミック戦線――非アルカーイダ系イスラム主義グループ
●ヌスラ戦線――アルカーイダ系武装グループ
●イラク・大シリア・イスラム国家――アルカーイダを見限ってカリフを頂く国家創設をもくろむ

[第三章 宗教・宗派対立の真実] 
●スンニー派シリア人――割を食わされた人々
●アラウィ派シリア人――謎に包まれた存在
●シーア派シリア人――殻に籠もる人びと
●シリア人キリスト教徒――歴史に翻弄される人々

[第四章 アラブ世界をめぐる関係諸国の戦略] 
●ロシア――シリア政府を支援する大国
●イラン――シーア派ではなく、国益重視の相互関係
●イラク――国家分裂の危機に瀕する、新たな中東の火種
●レバノン――アサド政権と運命をともにするヒズボッラ
●米国、英国そしてフランス――シリア制裁を先導する国々の不確かさ
●カタール――金は力、リージョナル・パワーを目指す
●サウジアラビア――老舗の国王が率いるアラブの盟主
●トルコ――「ゼロ・プロブレム外交」から「ゼロ・フレンド外交」へ
●イスラエル――安全を脅しうる「漁夫の利」
●国連――仲介機能不全に陥った事務総長

見えない世界戦争: 「サイバー戦」最新報告 (新潮新書) 木村 正人 (著)

 「世界戦争」というタイトルは、あながち大げさというわけでもない。本書を読み進めていくと、そのことが分かる。

 中国のサイバー部隊について、どんな部隊構成になっているかまで判明しているのに驚いた。ジャーナリストが知り得る情報のレベルでこれなのだから、実際はもっと深くまで把握しているのだろう。この分野における中国の実力アップには侮れないものがあり、それが、大学などの研究機関との連携によるところが大きいというのは日本にとっても示唆的(テルアビブ大学には「サイバー戦争プログラム部」というのがあるらしい)。ただ、現地時間の夕方5時以降は活動がかなり減少するということで、かなり公務員根性でやってるらしいとの一文は、微笑ましいというか何というか。なお、サイバー部隊については、イランやシリアも台頭してきているし、北朝鮮も侮れないらしい。また、エストニアがIT立国を目指して頑張ってるってのは本書で初めて知った。

 ドローンによる攻撃が、NSAのプリズムで収集されているメタデータをもとに、音声などでターゲットを判別して自動的に行われるようになっているというのには戦慄した。その結果、子供も含めた巻き添えが数多く出ており、時の人であるマララさんも、事態がパキスタンで頻発しているため、オバマ大統領に直訴したらしい。

 イランの核開発で、遠心機を制御するコンピューターにウィルスを仕込んだという話がかつて報道されたが、これは米国NSAとイスラエルの情報機関の協同作戦であり、スタンドアローンで稼働していたイランのPC(普通にWindows機を使ってたらしい)にメモリスティック等経由で仕込んだらしい。このウィルスは、原因が同じでないように巧妙な異常動作をするので、イランの研究者は自分達の手法に落ち度があるのではないかとかなり悩んだらしく、これが大きなタイムロスになった。

 一方、キツい環境で鍛えられたイスラエルでは対サイバー戦能力が必然的に向上し、世界でもトップレベルになった。中国は、高いセキュリティ技術を持つイスラエルと手を結びたくて、一方のイスラエルは、国連安保理の常任理事国である中国の影響力が欲しい。安倍首相がイスラエルと安全保障分野で提携したのは、そんな背景もあったからというのが著者の見立て。

 これからは、戦闘時にはサイバー攻撃が伴うのがデフォルトになる。戦闘開始時に官公庁のネットワークがダウンしたり、銀行のネットワークがおかしくなったりしたら、確かにパニックが増大して、相手の戦力を削ぐことになるだろう。
 今年、言葉としての流通量が増えそうな「IoT(Internet of Things)」だが、こういう話を聞くと、あまり推進するのも諸刃の刃だなと思う。インターネットからの鎖国というのも、自衛手段として考えていくことが必要な時代になってきている。最期に一例のリンク。

ロシア、インターネットからの独立を検討

【目次】
第1章 せめぎあう仮想と現実
第2章 軍産学民が一体化した中国の脅威
第3章 スノーデン事件に揺れる米英シギント同盟
第4章 終わりなきドラグネット合戦への警鐘
第5章 リアルを侵蝕するサイバー戦の前途


歴史家が見る現代世界 (講談社現代新書) 入江 昭 (著)

 歴史研究においては、もう、国家単位での把握ではなく、様々な主体による関係論から、ひいては環境も含めた全地球的な視野で捉えるようになっているらしい。グローバリズムが進むことによって、国家が相対的に弱体化し、また同時に、欧米のポジションも相対化していった。この結果、国家以外(例えばNGO)や新興国など、プレーヤーが増えていった。このため、世界史観が国単位から、よりそのスコープを拡張していった。

 これは、歴史研究において、目新しいパラダイムではないらしいのだが、自分は全く知らなかったので、興味深く読み進めることができた。また、「国家」の枠が問い直されているなと感じる場面は、インターネットをはじめとして、色々な分野であるのだが、歴史研究においても同様なのだと知った。

 「歴史家」というのが、どのような役割を果たしている存在なのか、これまで今ひとつ、よく理解できなかったのだけど、本書で自分なりのイメージができた。