本書では、恣意的な報道に対する冷静な検証が展開されているが、アサド政権のこれまでの歩みについても概観されており、その道程は、決して悪逆な専制国家のそれではなく、独裁政権ではありながらも、かなり開明的な側面があったことが知れてくる。なお、この辺りについては、青山浩之の「混迷するシリア」に詳しい。
アサド政権を悪の専制国家として声高に糾弾する側には、どんな理屈があるのか?例えばアメリカは英仏などと共に、常にアサドの退陣を要求し続けてきたが、その背景は何かというのを知りたかったのだが、本書ではある程度の内情を示してくれている。大雑把に言ってしまえば、カタールとサウジアラビアが一番の黒幕なのだ。そして、そんな彼らにも、是非はともかくとして、自分達の国を守るための論理というのがある。このあたりの解説はとても参考になった。
ただし、アメリカに追随するだけで、誠実な仲介者たろうとする姿勢を最初から放棄していたパン国連事務総長に対する著者の評価は無条件に厳しい。
ところで本書では、こんな印象的な場面も紹介されている。
「(2014年)2月17日には現場での停戦が実現し、バビーラ地区では現場に入った国軍兵士や国民防衛隊の女性隊員らがその直前までテロリストだと叫んで生命を賭して戦っていた武装グループの兵士たちと握手し、談笑する光景まで見られた。(略)この停戦と和解の動きが報道されると、武装グループの上部団体幹部たちはわが目、わが耳を疑い、怒りを隠さなかった。現場の裏切りだとも言って非難した。(略)政府側ではこのような地域単位の停戦を積み重ね、次第に国民和解を実現していくことの意義を強調した。 (P178)」
本書の表紙に使われているのは、この時の写真だ。この表情を見ていると、それまでの憎悪に満ちた戦闘が何だったんだという気がしてくるが、現場レベルでは、こういう停戦と和解が成り立ちつつあるというところに望みを見出したいものだ。
シリアに対する国際協調(と言うより対米追従か)路線を歩んでいる日本政府ではあるが、現地外交官が、これほどの視点と識見を持っており、そして、それを本書のような形で世に出してくれたことに対して敬意と感謝の念を表したい。このような知見が、日本の中東に対する外交において有効に活用されたらいいのになあ。
はしがき
[第一章 シリア問題の過去・現在・未来]
●民衆蜂起第1幕――シリア全土に広がる抗議のデモ
●民衆蜂起第2幕――国際社会の介入と悪化する情勢
●民衆蜂起第3幕――窮地のシリア政府
●民衆蜂起第4幕――反転攻勢に出る政府
[第二章 反体制派、それぞれの思惑]
●シリア軍――欧米諸国の支援と期待を背負う
●イスラミック戦線――非アルカーイダ系イスラム主義グループ
●ヌスラ戦線――アルカーイダ系武装グループ
●イラク・大シリア・イスラム国家――アルカーイダを見限ってカリフを頂く国家創設をもくろむ
[第三章 宗教・宗派対立の真実]
●スンニー派シリア人――割を食わされた人々
●アラウィ派シリア人――謎に包まれた存在
●シーア派シリア人――殻に籠もる人びと
●シリア人キリスト教徒――歴史に翻弄される人々
[第四章 アラブ世界をめぐる関係諸国の戦略]
●ロシア――シリア政府を支援する大国
●イラン――シーア派ではなく、国益重視の相互関係
●イラク――国家分裂の危機に瀕する、新たな中東の火種
●レバノン――アサド政権と運命をともにするヒズボッラ
●米国、英国そしてフランス――シリア制裁を先導する国々の不確かさ
●カタール――金は力、リージョナル・パワーを目指す
●サウジアラビア――老舗の国王が率いるアラブの盟主
●トルコ――「ゼロ・プロブレム外交」から「ゼロ・フレンド外交」へ
●イスラエル――安全を脅しうる「漁夫の利」
●国連――仲介機能不全に陥った事務総長
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