2016年1月17日日曜日

すばらしい新世界 (光文社古典新訳文庫) オルダス ハクスリー (著)

 完全な管理体制が出来上がった未来の世界。人間は受胎によらず、遺伝子操作で生まれてくる。最初から社会的ヒエラルキーのどこに属するかも決定される完全な階級社会。しかも生まれた後の睡眠学習によって、自分が属する階級を素晴らしいと信じこむようにインプリンティングされるため、社会的な不満は皆無。私的所有は争いの火種となり、忌避されるためフリーセックスの世界。嫌なことやネガティブな感情が出てきたらソーマ錠という薬で多幸感を得る。

 ディストピアSF小説の古典だけど、実は初めて読んだ。1932年発表だけど古臭さは皆無。体制側の理屈にはかなりの説得力がある。しかも、その管轄者が、ちゃんと文化だとか選択のある自由の代償として、この文明形態を採った根拠や思想を自覚した上できちんと選択しているというのも盤石感、ハンパねっす。でも、そんな世界は、やっぱりイヤだよねえと感じている自分の心情(信条?)ってのは、じゃあどの程度のものなのかという不安感を呼び覚まされた。

 ハックスリーは「知覚の扉(未読)」なんて本も書いてるから、ディックみたいにラリった内容かとおもったけど、そういうことは全然なかった。


2016年1月11日月曜日

ヘッテルとフエーテル 本当に残酷なマネー版グリム童話 マネー・ヘッタ・チャン (著)

 まずはタイトルが面白い。内容も童話から意匠を借りたものとなっており、主人公であるヘッテルとフエーテルに加えて、アホ・スギン・チャン、ヤンデレラなる登場人物も。何か、もう、これだけでバカバカしく面白そうでしょ?1話1話が短い寓話となっており、それらは巷間に横行する様々な詐欺的手法がテーマ。仮想通貨やマルチ商法、政府のNTT株公開の話から法律事務所の過払い金の話など。

 個人的には各話の最後が「銀河英雄伝説」のパロディというその一点だけで本書が好きになった(安直)。意外にも巻末の参考文献が充実している。

嫌われる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教え 岸見 一郎 (著), 古賀 史健 (著)

 ベストセラー。読んでみたところ、衝撃の内容だった。
 幼少期から漠然と感じていた、常識や一般通念に対する違和感について明瞭化してくれていたというのが大きな理由。もちろん、それまで自分にはなかった考え方を教えられた部分も大きい。
 対話形式という本書の構成に、最初は戸惑いを感じていたが、いつの間にか引き込まれていたし、最後はちょっと感動までした。

 いつかどこかで読んだような部分も多く、アドラー心理学ってのは、これまでに読んできた自己啓発本やらスピリチュアル本のネタでもあるのだな。ハクスリーの「すばらしい新世界」でも言及があったのには驚いた(アドラーは1937年没、「すばらしい新世界」は1932年発表)。


21世紀の自由論―「優しいリアリズム」の時代へ (NHK出版新書) 佐々木 俊尚 (著)

 あれ?佐々木さんって、こんなに独断的な論調だったっけ?という印象。「レイヤー化する世界」での主張と基調は変わってない。それについては面白い視点だと思うし、同意できる部分も大きいのだが、そうなると本書の存在意義は?タイトルにある「自由論」というのが果たしてミルを意識しているのかどうかは知らないけど、総括の仕方が独断的で根拠が弱い。観念的な表現にしても、何となくわからんでもないけど、もっときちんと説明してよ、という気がする箇所が多い(「ネット共同体は水平展開だから上下関係がない」という表現など)。

 帯が「佐々木俊尚の新境地!」とあるが、本書のようなおかしな書き方がデフォルトにならないよう切に願う。


小説 仮面ライダーフォーゼ ~天・高・卒・業~ 塚田 英明 (著)

 今ではすっかり人気俳優になった福士蒼汰のデビュー作がこのフォーゼ。ライダーが宇宙船フォルム?高校生活が舞台?ツッパリ君が主人公?数多くの(自分にとっての)不安材料を抱えてスタートしたフォーゼの第1話を見た時に、その世界観の作りこみに感動して目頭を熱くしたものだった。

 本作は、そんな弦太郎達の卒業式を巡る一大騒動。なでしこ(のモデル)も出てくるし、ヴァルゴによってダークネビュラにトバされたゾディアーツ達もきちんと回収されて、まさに大団円にふさわしいと言える構成。フォーゼファンなら読んで損ナシ!

 しかも、今までの小説仮面ライダーの中では描写力、構成力、いずれもがベストな出来。弦太郎が教師の道を目指すきっかけが明かされるだけでも価値があるのに、そこに、挫折まみれにして本編では回収されなかったゾディアーツ、園ちゃん先生が絡んでくるというプロット。ちゃんと適役、脇役にもスポットライトをあてて、皆にきちんと目配せをしている。そういう視線こそが、実はフォーゼらしさの極みなわけで、なかなかに泣ける、秀逸な出来だった。

2015年12月23日水曜日

「宇宙戦艦ヤマト」をつくった男 西崎義展の狂気 牧村 康正 (著), 山田 哲久 (著)

 一気に読んだ。宇宙戦艦ヤマトが好きだった人には面白く読めるはずだけど、作品理解が深まるような内容ではありません。
 TV版が発進したのはどのような経緯と情熱があったのか。その情熱を発信した西崎義展とはどのような人物だったか。俗物性を隠しもせず、愛人を何人も囲い、あまつさえ、同じマンションに住まわせるなどの奇行に事欠かない山師。そんな西崎氏の言動や詐欺まがいのエピソードの数々、そして事態の突破力や魅力。そんな舞台裏の情景が関係者の証言に基づいて組み立てられている。松本零士氏との原作者裁判の裏側事情もあるし、収監後の「復活編」完成までの道のりも面白い。また、その最期はヨットからの転落事故と当時は報道されており、間違ってはいないのだけれど、本書ではかなり詳細に、その時の様子が再現されている。やっぱり、宇宙戦艦に燃えた人は、西崎氏の最期の様子まで読み遂げてほしいと思う。

 西崎義展という人は本物のプロデューサーでありクリエイターだった。ジョブズに通じるものも感じる。ガンダムの富野監督が西崎のことを「敵」と呼び、ロマンと熱情だけであそこまでヒットした作品に負けるわけにはいかないという心情を持っていたというのが印象深い。
 70年代のヤマト、80年代のガンダム、90年台のエヴァ。最初に切り拓いた西崎氏が一番すごかったとは言わないが、最初の壁を突破するには並大抵の人間では務まらなかったのだろう。

 凋落していったウルトラマン陣営(エックスでちょっと持ち直したかなという印象だけど)、うまいこと軌道に乗せた仮面ライダー陣営。前者は円谷プロの初期メンバーという、チームによって生み出されたのに対して後者は石ノ森章太郎という個人によって生み出された。ヤマトは西崎義展という個人によって生み出されたが、あまりにも西崎氏個人に属し過ぎたため、本人の退場と共に没落していくのだろうか。出渕裕によるリメイクであるヤマト2199は出色の出来だったが、継続性や今後の発展性という点ではちょっとなあ...(STAR TREKのように歴史改変のリブートという線も採れなくはないだろうけど、それよりは深掘りの方がありそう)。

世界はこのままイスラーム化するのか (幻冬舎新書) 島田 裕巳 (著), 中田 考 (著)

 池上彰や佐藤優をはじめとして、イスラームの基礎知識を教えてくれる本は色々出ているが、本書が出色なのは、現役バリバリのイスラーム信者である中田考が語っているという点。ムハンマドへのジブリールからの啓示の話やその後の発展の歴史、シーア派とスンナ派の源流だとかカリフ制など、イスラーム教の基本ポイントはおさえつつ、信者の視点からのコメントが加わってくるのが、他の本にはない立体感を醸し出している。
 ロレッタ・ナポリオーニの「イスラム国 テロリストが国家をつくる時」を読むと、ISの戦略や金融政策に慄然とするが、本書と併せて読むことで、その実態像がくっきりしてくる。