2016年3月14日月曜日

東京消滅 - 介護破綻と地方移住 (中公新書) 増田 寛也 (編集)

 昨年、日本中(特に行政関係者)に大きなインパクトを与えた「地方消滅」。その後、「地方消滅ー創生戦略編」と続き、本書は第3弾。中公新書の増田本は、セガールみたく「沈黙」ならぬ「消滅」でシリーズ化するのかと思ってしまうほど「消滅」づくし(笑)。

 東京圏における75歳以上の後期高齢者(≒要介護者)が今後、急増するが、それに対応できるだけの病院、介護施設がない。建設するににも大変なコストがかかる。
 「現代版姥捨て」との批判があるCCRCだが、「東京のツケを地方にまわすな」という捉え方ではなく、積極的にその組み立てに乗ることによって地域創生のポジティブファクターにすることができるというのが本書の主張。例えば杉並区はコストを負担して南伊豆町に介護施設を作っている。北九州市長も積極的な受け入れ(アクティブシニアだけど)をいち早く宣言した(しかし北九州市は色々と活発だなあ)。早く手を上げて連携すれば、地方サイドとしても医療・介護施設の建設コストを首都圏サイドに負担してもらい、人口も増え、また、そこに従事するので若い人の仕事も増えますよねという青写真。

 北海道なら北見や帯広が、施設(病床)的には比較的余裕を持って高齢者を受け入れられると分析しているのが興味深い。全国でそういった地域が41紹介されている(もちろん「現在は」ということで)。函館も入っており、新幹線開通と相まって、効果的な連携ができるのではないかと思うが、函館市でそういう議論は進んでいるのだろうか。

 でも、あれですね、中央からきれいな青写真を提示されて、それは、まぁ、よく考えられてて(色んな意味で)結構なんだが、つい警戒して身構えてしまう部分もある。だからと言って反対のための反対をしても不毛なので、地方である僕らの側から、よく考えられた提案ができないものかな。

2016年3月13日日曜日

アシェンデン―英国情報部員のファイル (岩波文庫) モーム (著)

 イギリスのスパイだったモームのどストレートなスパイ小説。短めのエピソードで構成されており、読みやすい。007みたいななアクションシーン等はほぼ皆無。作中でも言及されているが、スパイの「活動の大半は地道で退屈なもの」。しかも、本書の内容はモームの実際の諜報活動に近いということが注釈から分かって一層興味深い。中には、こんなエキセントリックな奴はおらんだろというような人物も登場してくるが、実際にいるんだよねえ、冗談みたいに変な人って。

 アシェンデンの淡々とした諜報活動や、その冷徹な上司(結構人でなし)とのやり取りからイギリスという国が少し垣間見えるような気もするが、これは自分の勝手な妄想かも知れない。ちなみに、このアシェンデンは、手嶋龍一さんが「ウルトラ・ダラー」などで描く、同じくイギリスのスパイであるスティーブンに重なるような印象も少しある。

 それにしてもケイパー夫妻のお話、第10章「裏切り者」は切ない。メチャ切なくて泣けます。

お静かに、父が昼寝しております―ユダヤの民話 (岩波少年文庫) 母袋 夏生

 まずタイトルに惹かれ、次に「ユダヤの民話」というのに惹かれたのが読もうと思った動機。

 「民話」というのは、神話的なグロテスクさを持っていて、不条理だったりするケースが多い。本書に収録された短い民話たちも、そういった要素を色濃く持ちつつも、他の国のものとは違った教訓だったり処世術が入っているのを感じた。大抵は表題作のように、教えを守って真面目にやっていれば報われるというパターンが多いのだが、中にはキツネとオオカミの話のように、狡猾な智恵を使って他者を陥れて自らが利を得ることを是として描いたものもあり、その根底には「騙される愚かさが悪いのだ」とする価値観があるように感じる。果たしてそれが「ユダヤ」民族の特性なのかどうかは分からないけど。

 多くの中短編を締めくくる最後のパートは、神による世界創生から楽園追放、アベルとカイン、そしてノアの方舟という、創世記の話。どれも断片的あるいは間接的には聞いたことがあるが、きちんと読んだことはなかったので、本書で読めたのはラッキーだった。ダイジェスト的なまとめ方ではあるが、未読なら、この部分だけでも面白いはず。ちなみに、その壮大なスケール感に、手塚治虫の「火の鳥」を思い出した。

2016年3月7日月曜日

ユービック (ハヤカワ文庫 SF) フィリップ・K・ディック (著), 浅倉 久志 (翻訳)

 「ユービック」は「ユビキタス」から。どこにでも偏在する。本書の中では邪悪な力に対抗するスプレーというのが最終形態。「邪悪な力」と言われると「聖なる侵入」の基本プロットだったりするのか?とも思うが、ディックにとっては根源的な概念の一つなんだろう。

 エスパーと、その力を中和するアンチエスパー。共に会社があるのだが、本書ではアンチエスパーの会社側が描かれている。社長のランシターと試験技師のジョー・チップ、そしてアンチエスパー達。彼らはビジネスとして月に出向くが、それはエスパー側の罠で、一同は仕掛けられた爆弾で吹っ飛んでしまい、社長であるランシターは、コールドスリープによる応急処置も間に合わず、死んでしまう。その後、アンチエスパー達が次々と不可思議な死を遂げる事態が発生する。

 最近、ヴァリス系を読んでたこともあり、何てまとまなSFだろうとホッとした(「高い城の男」も自分的にはまだピンと来なかったので)。ついでに言えば本作は市立大のお師さんがディックの中で一番好きとおっしゃっていることもあって、少し気合を入れて読んでみたのだけど、自分的にはディックのベスト、とまではいかなかったというのが正直なところ。とは言え、ランシター、ジョー・チップをはじめ、アンチエスパーの面々がそこそこ個性的。加えて、クローズアップされる何人かは、いわゆる「キャラが立って」いて面白い。また、自分達は本当に生きているのかどうか、存在基盤が揺らぎ始める中盤以降のゾクッとする感触はディックならではだし、SFならでは。なお、本書も高校時代に読んでるのだけど、全く覚えていなかった。