2013年6月23日日曜日

21世紀アメリカの喜劇人 長谷川 町蔵 (著)

・映画でどんなジャンルが好きかと聞かれれば、ほぼ迷わずにSFとアクションと答える。コメディーなど、ロマンスもの同様、そんなジャンルもあったっけねえという程度の認識でしかないつもりだった。だが、なぜかこの本に反応してしまった。ベン・スティラーが載っていたから、と言うのと、「アダム・サンドラー」を「ウィリアム・サドラー」と勘違いしたからというのが原因。トロピック・サンダーやキック・アス、そしてジム・キャリーのミニ・コントが大好きな自分は、実はコメディ・ファンなのではないかという気もする。

・本書はコメディアン単位で、そのバックグラウンドや出演作品への解説をしている。自分にピンと来るのは上述の通り、ベン・スティラーやジム・キャリーぐらい。でもアメリカでもコメディアンには人気が出るまでの母体としてお笑い番組があり、日本もそれには大きな影響力を受けているということが分かったし、そこで活躍しているプロデューサーや脚本家がいるのは日本と同じ構図ということも分かった。

・「躁状態の笑いの裏に、ファンタジックな『エターナル・サンシャイン』で垣間見ることが出来る暗い顔を(ジム)キャリーは持っている。彼は私生活では長年鬱病と戦い続けているのだ。(P56)」 この一文にグッと来てしまった。同時に思ったのは、やはり情報というのはコンテクストだなと。例えばこの情報、wikipediaなんかでサラリと見ただけだったらグッとはこなかっただろう(ちなみに実際には日本語版のwikipediaにはこの情報は載っていない)。

・「この作品(トロピック・サンダー)を通じてすっかりスティラーと仲良くなったロバート・ダウニー・ジュニアは『彼こそは現代のチャップリンだ。俺は彼にアカデミー賞を獲らしてあげるために脚本を探している』とインタビューで語っている。(P180)」

・そう言えば、この本に触れるまで忘れていたが、かつて小林信彦の「喜劇人に花束を」を読んでいたことを思い出した。実は伊東四朗と植木等も好きなのだ。

・まぁ、何はともあれ、「トロピック・サンダー」は観てみてほしい。ちょっとブラック過ぎる箇所があって悪趣味と眉をひそめる向きもあろうが(うちの家内はそうだった)、大変なクオリティーのおバカ映画だ。可能であれば、ロバート・ダウニー・ジュニアがアイアンマンのお面をかぶって悪ふざけをする特典映像も必見。

2013年6月22日土曜日

まち再生の術語集 延藤 安弘 (著)

・まちづくりについての術語集。著者の遊び心のお陰で、コトバ遊び的な面白さに引っ張り回されてるうちに、実は気付かぬうちに都市景観の計画論から行政、ひいては西田哲学までを包含した広大な「まちづくり」空間を案内してもらっていたことに気付く。著者はかなり「いけてるファシリテーター」らしいが、本書でもその面目躍如の感がある。

・なお、本書で「まちづくり」と言っているのは、住民主体のサステナブルなコンテンツジェネレート型コミュニティといったところか。古き佳き日本的な住民コミュニティの礼賛が若干強すぎるきらいもあるが、許容範囲かと。

・そこかしこに散見されるコトバ遊び。松岡正剛さんなら「編集の達人」と位置づけるのかなとぼんやり思った。

・「クリストファー・アレグザンダー(アメリカの建築家)によれば、まちは八パーセント以上の空き地が発生すると、そのまちは死滅に向かう、それ程のドンゾ底に落ち込んでいます。(P24)」

・「高等動物には、『他の個体への共感の高さ』があり、『人類も、採集狩猟生活をしていたころ、生きているもの、動くものすべてに共感していた』といいます(野田正彰『共感する力』みすず書房」。(P64)」

・(台湾での事例を挙げて)「ある日の会合で、行政側の責任者は『私たちは今まで原住民に漢民族のやり方(法律・制度)をおしつけてきました。しかしこれからは、私たちが原住民の文化に学ぶ時代が来ました。この提案を生かしましょう。」と歴史的発言。(P84)」

・「どんなややこしいトラブルにおちいっても、ユーモアやニュアンスや笑いという別次元のコミュニケーションが出口を開きます。グレゴリー・ベイトソンの「ダブルバインド理論」が示唆したように、人間のコミュニケーションは複数の次元(言葉と態度、表情と行動など)で重層的に発信されており、相矛盾するメッセージで開いてを追い詰めることも可能なら、逃げ道を開くことも可能だからです。(P86)」

・「西田幾多郎の語る『場所の哲学』を参照しますと、『我とは主語的統一ではなくして、述語的統一でなければならぬ、一つの点ではなくして一つの円でなければならぬ、物ではなく場所でなければならぬ』とされています(『西田幾多郎全集第三巻』)。(P143)」

・「本書のコンセプトはまさに『人生ってエエモンやなあ』『自分のまちは捨てたもんやないなぁ』と『生を楽しむ』センスです。(P205)」とあるが、まさに、本書からは、そんなセンスを強く感じた。

動乱のインテリジェンス 佐藤 優 (著), 手嶋 龍一 (著)

・「インテリジェンス」というキーワードの周辺での存在感が抜群に強い佐藤優と手嶋隆一の対談。とても読みやすいが、それに付いていくだけで、国際政治、外交に関する視座を少し分けてもらえる。最近の日本を取り巻く国際情勢が題材のため、必然的に内容はきな臭くなる。それが「動乱」というタイトルのニュアンス。

・本書で扱っている話題は
  竹島、尖閣、中国と沖縄の独立、鳩山のイラン訪問の裏側、トモダチ作戦、日米、日ロ関係

・「(手嶋)日本の国境はいま、縮み始めているー。国力に陰りが生じ、政治的指導力が衰弱すれば、周辺諸国はその隙に乗じて攻勢に転じ、国土は萎んでしまう。(P7)」そして、縮んでいるボーダーは国境だけではなく人間界と動物界との境界も、そうなのかも知れない。

・例えば、2012年4月の北朝鮮のミサイル発射時、韓国よりも日本の発表が遅れるということがあり、日本の国防情報の不備が指摘されたが、実はこれ、長期的に見たら「サードパーティー・ルール」が守られたため、アメリカからの信頼は勝ち得た政治的判断に拠るものだったのかも知れないと。

・「(佐藤)ギリシャの危機が一層深刻化していけば、EUは事実上の「為替ダンピング」に踏み出さざるを得なくなると指摘しておきましょう。これは帝国主義を絵に描いたような図式なんです。震災で弱っている日本の円が、なぜこれほど強くなるのか。それは「帝国としてのアメリカ」が基軸通貨たるドルをダンピングさせ、さらにいは「帝国としてのEU」も共通通貨「ユーロ」をダンピングさせているのが原因だと言っていい。(P208)」

・「(手嶋)(TPPについて)僕たちは、短絡的に、賛成・反対という議論をしているのではありません。二十一世紀のいま、新たに姿を現したTPPの本質とは何かを考えてみることが必要だと言っているのです。いまや新たな自由貿易の枠組みが、東アジア・環太平洋地域の安全保障と表裏一体になっているという視点は欠かせません。TPPの盟主たるアメリカは、世界経済の推進エンジンとなった東アジア・環太平洋地域をがっちりと囲い込み、ここを基盤に新たな安全保障の枠組みを構築して、海洋へせり出しつつある中国に対抗しようとしています。
(佐藤)アメリカは、大統領選の政治の季節を迎えて、日本の傘下にあれこれ注文をつけていますが、日本の要求を削ぎ落とす交渉のテクニックです。日本の参加なきTPPなど考えてもいませんから、日本にとって「TPP不参加」という選択肢など実際はあり得ません。(P211)」
 ちなみに大前研一はTPPなどアメリカ国内では全く問題ではなく、騒いでいるのは日本人だけで、締結したとしても実効性はなく、気にするほどのものではないと判断していたな。

・「(佐藤)(日米豪の同盟を敵視するのではなく)バランス・オブ・パワーによって、台頭する中国を牽制していくというのが、プーチン政権の基本戦略といっていい。(P219)」

2013年6月16日日曜日

橋本龍太郎外交回顧録 五百旗頭 真 (編集), 宮城 大蔵 (編集)

【要約】
・ポマードな首相という印象しかないのだが、まぁ、なかなかに武闘派で、しかも率直な人だったらしい。当時の状況をズバッと本音っぽく語っているのがなかなかに面白い。所詮、政治家が自分の過去を振り返って語っているのだからというフィルターが自分の中にないではないが、そればっかりではあまりにも世知辛い。

【ノート】
・「(法制度上の準備ができていないときは、結局そういう「超法規的」と称する違法行為をやるしか)仕方がないのですね。(P59)」

・「公邸にいるときに当時の田中均外務省北米局審議官が「県内移設が前提だったら、返すという可能性があるかもしれません。ただ、事前に出せません。押してみていいですか。どうしましょうか」、と。「押してくれ」と、すぐ私は答えたのですが、そのときに「ああ、やっぱり同じことを考えてくれたな」と、ものすごくホッとした記憶があります。(P70)」

・「橋本:中国を牽制するためにロシアをアジアのプレーヤーのなかに入らせるということを本気になって考えていました。(P81)」

・「何だかんだと言われていますが、実はスハルトはジャカルタに入ったときに買った家にずっと住んでいたわけです。想像するよりは慎ましいと思います。一般庶民から見れば非常に贅沢だということになりますが、あの国の贅沢というなかには入らない家でした。彼がいかにプライドを傷つけられたか(P93)」

・「インタビュアー:マルチにおいて、どういうところがポイントなのでしょうか。
橋本:最大公約数をみつける能力でしょうか(P97)」

・「とにかくわれわれはここで日米交渉を決裂させちまえと。ただし、どんなことがあっても先に席を蹴って帰るのはアメリカにしようと。そして帰るやつに「まだ話そう、話そう」と言って、それを振り切ってアメリカが席を立ったら、立った瞬間に世界中に手分けしてその状況の説明に回れ、というのを手ぐすね引いておりましたので、これは非常にその通りにいきました。(P124)」

 こんな感じで、考えてシナリオを練った上で、タフな交渉に臨んでるんなら、それが裏目に出ても責めることはできないわね。

・「湾岸危機から湾岸戦争のときに、まったくそういう設備(オペレーションルーム)がありませんで、官邸の小食堂と大食堂の間の「喫煙室」といわれる部分に機器を入れ、大食堂を仮睡の場所にして使ったのが最初です。これが反省で、「オペレーションルーム」と称するものを作ったのです。言いたくないないのですが、いまの官邸の主、官房長官はまったく使い方を分かっておられないですね。(P131)」

・ペルー大使館の占拠事件についての口述もまた、なかなかに生々しい。「救出作戦自体は、フジモリがいばったようなものではなくて、計画はずいぶん失敗しています。そしてそれは私自身、あとでお礼に行きましたときに公邸のなかに入って、それまで言われていた『誰がここで死んだ』という記憶と当てはめてみましたところ、やはり違いました。階段の途中でセルパは殺されたというのですが、なるほど階段の途中には血痕はありますが、人一人死んだ血痕ではありません。SPに同じことを『きみ、どう思う?』と聞くと、彼らはさすがにプロで、『弾痕がありません』と言いました。(P140)」

・「ややもするとわれわれは中国共産党の首脳部と中国政府の首脳部を考えるのですが、人民解放軍の影響力を見落としてはいけないということです。(P146)」

・「日本は安全保障という点で、私はこれからも出すぎる能力を持つ国ではないと思いますし、また持てないだろうと思います。これもあまり表にバレずに済んで、私は幸せに辞められたのですが、例えばソ連海軍と海上自衛隊は、私が辞める前日から最初の共同訓練をスタートさせました。オーストラリア海軍と共同訓練をやりました。これもやって、全然バレずに済んで、私は非常に幸いなのです。インド海軍と日本の海自の共同行動、共同訓練を視野に入れてアプローチをしてきていますし、その切り口は海賊対策です。(P157)」

西郷隆盛と明治維新 坂野 潤治 (著)

【要約】
・西郷隆盛と言えば征韓論。しかし、彼は決して征韓論を支持していたわけではなかった。征韓論を声高に主張したのは板垣退助で、西郷隆盛は海軍の朝鮮挑発を卑劣な振る舞いだとして非難していた。だからと言って西郷が非戦論者だったというわけではないが、やるんだったら相手は中国という意識を持っていた。朝鮮には特使を派遣して交渉しようと考えていたのを、岩倉具視に歪曲されて天皇に上奏され、征韓論者的な立場に仕立て上げられてしまった

 征韓論者ではなかった西郷が、なぜ最後に挙兵することになったのか、それこそが本書の重大トピックであると冒頭で著者によって宣言されている。しかし、彼の勝算への目配せまで検証しながら、肝心の動機の部分については、自身の力量不足として突き詰められないと告白して終わりになってしまっているのは、やはり消化不良感が残る。

【ノート】
・幕末から明治にかけての薩長土肥、そして朝廷と幕府の重要人物の動きを書簡などからの引用を数多く見ながら著者と一緒に紐解いていく西郷隆盛の動きは予想以上に面白かった。

・西郷隆盛はもちろん、勝海舟、木戸孝允、岩倉具視などの書簡などからの原文引用が多い。読み慣れないので最初は一字一句ちゃんと追っていかないと意味が分からないので億劫だったが、慣れていくと当時の雰囲気が分かって面白くなってきた。

・著者は、何度か本文中で明言している通り、西郷隆盛萌えである。だから、例えば嶋津久光や大久保利通、岩倉具視の描き方は、西郷擁護の観点から描かれているが、逆からの見方もあるはずだ。

・未読の松岡正剛「日本という方法」の出だしは西郷さんから始まる。「『なぜ西郷隆盛が征韓論を唱えたのかの説明がつかないかぎり、日本の近現代史は何も解けないですよ』といったことを口走りました。(P7)」とのことだが、この時と今の松岡正剛さんの考えは、本書の見立てと通じているのだろうか。

知の逆転 ジャレド・ダイアモンド, ノーム・チョムスキーほか (著)

・第一線で活躍している研究者へのインタビュー集。札幌ではなかなかの人気で、自分の後には40人の待ち行列。

ジャレド・ダイアモンド:イマイチ。トップであることから見ても、彼がこの本のパンダだと思うが、内容に対する印象はイマイチ。(当然ではあるが)最近出版された「昨日までの世界」に関する言及が垣間見れるのが興味深いと言えば興味深い。自分は「昨日までの世界」は上巻だけで止めた。あまり彼の世界にのめり込めないのかな。

チョムスキー:名前だけは知っているが、著作は未読。「生成文法」というキーワードだけで既に刺激的だなあ。「虐殺器官」も影響を受けているのかも。言語学なんだが、政治的な活動をしているというのも興味深い。まずは新書から読んでみようか。

 「民主主義はそれ自体に価値がありますが、実際には、何らかの権利を求める場合、人々はその権利獲得のためにたいへんな努力を払う必要があります。(P96)」銀河英雄伝説を思い出させる一節。


サックス:神経学者。脳と認識に関する話は面白い。デ・ニーロ主演の「レナードの朝」の著者だそうな。

 「言語野がないほうの脳で言語的な発達を促すことだってできるのです。驚くべき脳の柔軟性の例です。大人の脳でこのように言語のベースが移動するというようなことが可能だとは誰も思ってもみなかったことです。(P141)」

 「音楽の才能あるいは感受性というものは、それ自体が独立していて、知能が低いあるいは強い自閉症の場合でも、驚くべきレベルまで到達することができるようです。(音楽の能力は)領域特定化しているようです。(P147)」


ミンスキー:AI研究者。ロボットに関する研究は、人間らしく見せる見栄えばかりが優先され、原発事故の時に役立つようなものが成されていないと批判。「ユングは既に科学として消え去っている」って、そうだったの?インタビュアーも同意してるけど...。「文学は類型が同じなのでSFしか読まない」とはなかなか痛烈。

レイトン:アカマイを起業したMITの先生。アカマイは高速配信を可能にする分散型のコンテンツ配信技術。アカマイ社の設立、運用に関する舞台裏がインタビューの基本。

ワトソン:ノーベル受賞の分子生物学者。協調メインの組織力より個人による達成をもっと評価していかないと科学の進歩は鈍ると断言する。言ってることが偏屈な爺さんの戯言に近いものもあるような印象を受けた。